オフチェーンラボ研究者、イーサリアムL1の「配信ISA」にWASM推奨。RISC-V案の前提に疑問

イーサリアムの実行レイヤー改善案をめぐり開発者間で技術論争

イーサリアム(Ethereum)のレイヤー2「アービトラム(Arbitrum)」主要開発元オフチェーンラボ(Offchain Labs)の研究者4名が、イーサリアム共同創設者ヴィタリック・ブテリン(Vitalik Buterin)氏による「RISC-V」をイーサリアムL1の共通ISAに採用する案に対し、L1で固定するなら「ウェブアッセンブリ(WebAssembly:WASM)」がより適切だとする技術文書を、イーサリサーチ(Ethereum Research)上で11月21日付で公開した。なお投稿者名義は別だが、文書冒頭で執筆者がマリオ・アルバレス(Mario Alvarez)氏、マッテオ・カンパネッリ(Matteo Campanelli)氏、ツァハイ・ジーデンベルク(Tsahi Zidenberg)氏、ダニエル・ルミ(Daniel Lumi)氏であると明記されている。

ブテリン氏は2025年4月20日、イーサリアムの実行レイヤーを将来的に大きく刷新する提案として、コントラクトが書かれる仮想マシン言語をEVMから「RISC-V」へ置き換える案を提示した。ここで重要なのは、口座(accounts)やストレージ、コントラクト間呼び出しなどの抽象は維持され、旧来のEVMコントラクトも新方式と双方向に相互運用し続ける、といった前提が併記されている点だ。

今回の争点でいうISAは、Instruction Set Architecture(命令セットアーキテクチャ)の略で、「その環境が理解して実行できる命令(バイトコード)の仕様」を指す。ブテリン氏が主にZK証明の観点(証明のしやすさ)からRISC-Vの利点を論じる一方で、論文ではL1に刻み込まれるのはスマートコントラクトの配布フォーマットとしての役割だとして、評価軸を分けるべきだと主張されている。

オフチェーンラボは、1つのISAが「ZK証明」と「スマートコントラクト配信(オンチェーンへの格納・配布)」の両方で最適に機能するという暗黙の前提に疑問を呈し、ISAの役割を少なくとも「配信ISA(dISA)」と「証明ISA(pISA)」に分けて考える枠組みを提示する。結論として、「イーサリアムL1で標準化する配信ISAとしてはRISC-VよりWASMが適している」とした。

また研究者らは「dISAはpISAにコンパイルできる」として、WASMをRISC-Vにコンパイルし、RISC-V系ZK仮想マシンで実行を証明するアプローチを説明。これはサクシンク(Succinct)との協業の一環としてオフチェーンラボが取り組んでいるもので、現時点ではプロトタイプ段階と断った上で、WASMをdISAとして使うチェーン(アービトラム)でもRISC-V系ZK仮想マシンをバックエンドにZK証明し得る、と主張している。

証明技術の変化が速い点も論文の柱だ。近年、複数のZK仮想マシンが32ビットのRISC-Vから64ビットへ移行した例を挙げ、L1に特定の命令セットを固定すると将来の進化に追随しにくくなるリスクを指摘する。またWASMベースZK仮想マシンの例として、Ligeroの「Ligetron」にも言及している。

さらに研究者らは、現状のガスリミット水準ではリアルタイム証明コストが中央値で「1ブロックあたり約0.025ドル」として、証明効率だけに最適化する緊急性は相対的に下がっているとも述べている。

WASMを推す理由として論文は、(1) ハードウェア非依存で共通実行基盤として成熟している、(2) 型安全性や検証可能性など安全面の性質を持つ、(3) 構造化された制御フローにより将来の最適化や計測(instrumentation)に向く、(4) RISC-Vは多くのノードでエミュレーションや再コンパイルが必要になり得る一方、WASMは一般的CPU上で高速実行しやすい等が挙げられている。

関連として、アービトラムの「スタイラス(Stylus)」は、WASMにコンパイルできる言語(Rustなど)でスマートコントラクトを書ける仕組みで、ソリディティ(Solidity)コントラクトとも相互運用できる第2のWASM仮想マシンを追加する設計だ。論文が述べる「WASMをdISAとして扱い、実行側は一般的CPU向けに最適化する」という発想は、こうした実装経験とも整合する。

研究者らは「WASMはスマートコントラクトにとってインターネットのIPのような中間層になり得る」とし、多様なソース言語と多様な実行・証明バックエンドの間をつなぐ「標準の砂時計(hourglass)」としてWASMを位置付けている。

参考:イーサリサーチ
画像:PIXTA

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この記事の著者・インタビューイ

田村聖次

和歌山大学システム工学部所属
格闘技やオーケストラ、茶道など幅広い趣味を持つ。
SNSでは、チェコ人という名義で、ブロックチェーンエンジニアや、マーケターとしても活動している。「あたらしい経済」の外部記者として記事の執筆も。

和歌山大学システム工学部所属
格闘技やオーケストラ、茶道など幅広い趣味を持つ。
SNSでは、チェコ人という名義で、ブロックチェーンエンジニアや、マーケターとしても活動している。「あたらしい経済」の外部記者として記事の執筆も。

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