イーサリアム開発者、耐量子暗号への移行に備える新デポジットコントラクト案を提出

耐量子暗号への移行に備える新コントラクト案

イーサリアム(Ethereum)の開発者らが、将来的な耐量子暗号への移行に対応するため、新たなバリデータ用デポジットコントラクトの導入を提案するEIP(Ethereum Improvement Proposal:イーサリアム改善提案)の草案を8月24日に提出した。提案者はケヴォンドレイ・ウェダーバーン(Kevaundray Wedderburn)氏、トム・ワムスガンス(Tom Wambsgans)氏、トーマス・コラジェ(Thomas Coratger)氏だ。

なおEIPは、イーサリアムの新機能や仕様変更などを記述する提案文書だ。今回の提案は、GitHub上のEIPリポジトリへの追加を求めるプルリクエストとして提出された段階で、ネットワークアップグレードへの採用は決まっていない。具体的な耐量子暗号方式や、BLSによる新規デポジットの廃止時期なども現時点では決まっていない。

今回の草案の背景には、量子コンピューターの発達によって、イーサリアムで現在使われている暗号技術の安全性が将来的に損なわれる可能性がある。イーサリアムでは、ネットワークの合意形成に参加するバリデータが、ブロック提案やアテステーション(投票)などに「BLS」と呼ばれるデジタル署名方式を利用している。

BLSは、バリデータによる署名が正しいものであることを暗号技術によって確認するための仕組みだ。現在イーサリアムでは、BLS12-381を用いたBLS署名が採用されている。将来的に十分な性能を持つ量子コンピューターが登場した場合、この署名方式の安全性が損なわれる可能性がある。このためイーサリアムでは、量子コンピューターによる攻撃にも耐えられる「耐量子暗号」への移行が課題となっている。

今回の草案は、耐量子暗号そのものを導入するものではない。将来イーサリアムがBLSとは異なる暗号方式へ移行できるよう、バリデータ登録の仕組みをあらかじめ柔軟にしておくことが目的だ。

具体的には、新たなバリデータがETHを預け入れて登録する際に使う「デポジットコントラクト」を変更する。デポジットコントラクトは、ETHの預け入れとバリデータの公開鍵などの情報を受け付けるスマートコントラクトだ。

現在のデポジットコントラクトは、公開鍵や署名などのデータ形式がBLS12-381を前提に設計されている。このため今回の草案では、バリデータ登録の「入口」を将来の暗号方式にも対応できる設計へ変更する。

異なる暗号方式に対応する新デポジットコントラクト

新たなデポジットコントラクトでは、公開鍵とクレデンシャルメタデータを可変長とし、それぞれ最大8,192バイトまで扱える設計とする。これにより、BLSとはデータ形式が異なる暗号方式にも対応できるようにする。

また新たなコントラクトでは、複数の暗号方式を区別するため、デポジットごとに「スキーム(scheme)」と呼ばれる識別子を指定する。スキーム「0」は現在のBLS方式に割り当て、それ以外の値は将来追加される暗号方式に利用できる設計となる。

ただし、このEIPでは未割り当てのスキームを指定したデポジットもコントラクト自体は受け付ける設計だが、コンセンサスレイヤーでは処理されないため、預け入れたETHが恒久的にロックされるおそれがある。

なお、具体的な耐量子暗号方式や検証方法は今回のEIP草案では定めておらず、将来のEIPに委ねられている。

さらに同草案では、現在のBLSから将来の暗号方式へ段階的に移行できる仕組みを設ける。具体的には、新たなデポジットコントラクトに「デポジット無効」、「BLSデポジット有効」、「BLSデポジット廃止」の3つのモードを設定する。

新たなコントラクトはデポジット無効の状態で導入され、初期有効化後はBLSによるデポジットを受け付ける。その後のネットワークアップグレードでは、BLSによる新規デポジットを停止できる。BLSを一度廃止すると再び有効化できない一方向の設計となる。

これにより、将来BLSの安全性が損なわれた場合に、同方式を使った新たなバリデータ登録が再開されることを防ぐ。なお、BLS廃止ブロックより前にコンセンサスレイヤーの保留中デポジットへ取り込まれたBLSデポジットは、その後も通常どおり処理される。

一方、既存のデポジットコントラクト自体は変更できないため、BLS廃止後も同コントラクトはデポジットを受け付ける。ただし、その情報はバリデータ登録には反映されず、預け入れたETHがコントラクトにロックされたままになる可能性がある。

このため、ウォレットやステーキングサービス、バリデータ用ローンチパッド、ブロックチェーンエクスプローラーなどは、BLS廃止より十分前に旧デポジットコントラクトの利用を停止する必要があるとのことだ。

技術面では、新たなコントラクトで受け付けたデポジット情報が、「実行レイヤー」から「コンセンサスレイヤー」へ渡される。実行レイヤーはトランザクションやスマートコントラクトの処理を担い、コンセンサスレイヤーはバリデータによる合意形成を担う。今回の提案は、EIP-6110で導入されたデポジット処理を土台とし、EIP-7685の仕組みを通じてデポジット情報をコンセンサスレイヤーへ渡す。

イーサリアムで進む耐量子暗号への移行

イーサリアムでは、今回のデポジットコントラクトだけでなく、ネットワーク全体を段階的に耐量子化する取り組みが進められている。対象にはバリデータが利用するBLS署名のほか、データレイヤーのKZGコミットメントや、ユーザーがトランザクションに利用する署名などが含まれる。

イーサリアム財団(Ethereum Foundation:EF)が今年2月に公開した長期ロードマップ草案「ストローマップ(strawmap)」では、耐量子暗号への移行が5つの「ノーススター(長期的な最重要目標)」の1つに掲げられた。またEF研究者のジャスティン・ドレイク(Justin Drake)氏が2025年7月に発表した長期構想「リーンイーサリアム(Lean Ethereum)」では、BLS署名やKZGコミットメントをハッシュベースの暗号技術へ移行する方向性が示されている。

EFは今年1月にポスト量子(Post-Quantum:PQ)セキュリティを担う専任チームを立ち上げ、3月には専用サイト「ポスト・クオンタム・イーサリアム(Post-Quantum Ethereum)」を公開した。複数のクライアントチームによる耐量子対応の開発ネットワーク(devnet)構築や相互運用性の検証も進められている。

今回の提案は、こうしたイーサリアム全体の耐量子化に向けた取り組みのうち、バリデータ登録部分の移行準備にあたる。

参考:ギットハブ
画像:PIXTA

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この記事の著者・インタビューイ

渡邉洋輔

「あたらしい経済」編集部 記者
ブロックチェーンおよびデジタル資産分野を専門とし情報発信を行っている。オンチェーンデータや流動性構造など、市場設計の観点からのリサーチにも取り組んでいる。

「あたらしい経済」編集部 記者
ブロックチェーンおよびデジタル資産分野を専門とし情報発信を行っている。オンチェーンデータや流動性構造など、市場設計の観点からのリサーチにも取り組んでいる。

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