イーサリアム研究者がAIによる暗号解読リスクを警告、資産の予防的移動を提案

ドレイク氏、AIによる暗号解読リスクを警告

イーサリアム財団(Ethereum Foundation)の研究者であるジャスティン・ドレイク(Justin Drake)氏が、人工知能(AI)による数学研究の急速な進歩を背景に、暗号資産(仮想通貨)の取引に利用される暗号技術が想定より早く破られる可能性を10月7日に自身のXアカウントで警告した。また同氏は、暗号資産の保有者に対し、公開鍵が露出していない新しいアドレスへ資産を計画的に移すよう提案した。

ドレイク氏が警戒しているのは、ビットコイン(Bitcoin)やイーサリアム(Ethereum)で利用されている電子署名方式「ECDSA(Elliptic Curve Digital Signature Algorithm)」が、量子コンピューターによる暗号解読が可能になる前に破られる可能性だ。同氏は最悪のシナリオとして、数年後ではなく数カ月以内にECDSAを効率的に解読する方法が発見される可能性も想定している。具体的には、大規模なGPUクラスターなど既存の計算設備を使い、1週間程度で秘密鍵を復元できる状況を例に挙げた。

こうしたリスクに備えるため、ドレイク氏はブロックチェーン業界に対し、「バンカーモード(bunker mode)」と呼ぶ予防的な対応への準備を呼びかけた。具体的には、大口保有者や専門的な知識を持つ事業者から、資産の大部分を一度も取引に署名したことのないアドレスへ移行することを推奨している。また、移行先のアドレスで取引に署名した場合には、残った資産も別の新しいアドレスへ移すべきだと述べた。

ドレイク氏は、この対策には新しい暗号技術やウォレットの導入は必要なく、既存のウォレットで生成した別のアドレスも利用できると説明した。ただし、性急な資産移動はかえって危険を招く可能性があるとして、慎重に準備を進めるよう呼びかけた。なお、今回の提案は同氏個人による予防的な対応策であり、ECDSAがすでに破られたことを示すものではない。

ECDSAと量子コンピューター、AIによる新たなリスクとは

ECDSAは、現在のイーサリアムで一般的な利用者の取引に採用されている電子署名方式で、暗号資産の安全な管理や送金を支える重要な技術だ。利用者は自身だけが管理する秘密鍵を使って取引に署名し、ネットワークの参加者は対応する公開鍵を使って署名を検証する仕組みだ。

ECDSAの安全性は、特定の数学的な問題を効率的に解く方法が見つかっていないことに支えられている。具体的には、「楕円曲線上の離散対数問題」と呼ばれる問題を利用しており、秘密鍵から公開鍵を計算することは容易だが、公開鍵から秘密鍵を逆算することは、現在知られている通常の計算方法では極めて難しい。仮に公開鍵から秘密鍵を復元できるようになれば、第三者が本人になりすまして取引に署名し、資産を不正に移動できるおそれがある。

しかし、十分な性能を持つ量子コンピューターが実現すると、ECDSAの安全性を支える数学的な問題を効率的に解ける可能性がある。量子コンピューターでは、「ショアのアルゴリズム(Shor’s algorithm)」を使うことで、楕円曲線上の離散対数問題を効率的に解けることが理論上知られている。ブロックチェーン業界では、量子コンピューターが既存の暗号技術を破れるようになる時点を「Qデー(Q-Day)」と呼び、量子耐性を備えた暗号技術への移行が議論されている。

一方、ドレイク氏は、AIによる数学研究の進歩が、従来のコンピューターでも利用できる新たな暗号解読方法の発見につながる可能性を警戒している。同氏は、オープンAI(OpenAI)が10月6日に公開した722件の数学研究の原稿に言及し、AIによって数学研究が急速に進展しているとの認識を示した。仮にAIが楕円曲線上の離散対数問題を効率的に解く新たな計算方法を発見すれば、既存のコンピューターでも秘密鍵を復元できる可能性がある。

ドレイク氏が移行先として推奨した未使用アドレスには、公開鍵の露出を抑えられるという特徴がある。ブロックチェーンのアドレスは資産の送受信先を示す情報だが、公開鍵そのものとは限らない。例えば、イーサリアムの一般的な外部所有アカウント(Externally Owned Account:EOA)では、公開鍵をハッシュ関数で処理してアドレスを生成する。ハッシュ関数は、データを一定の長さの値に変換する仕組みで、変換後の値から元のデータを復元することは極めて難しい。そのため、アドレスが公開されていても、元の公開鍵まで明らかになっているとは限らない。

ただし、イーサリアムのEOAから取引を送信すると、その電子署名の情報から公開鍵を復元できる。このため、取引を送信したことがなく、公開鍵も露出していないアドレスでは、公開鍵から秘密鍵を復元する攻撃に対して追加的な保護が期待できる。なお、ビットコインではアドレスの形式によって公開鍵の露出状況が異なるため、すべてのアドレスに同じ仕組みが当てはまるわけではない。

ヴィタリック氏もAIによる暗号技術への脅威に言及

イーサリアムの共同創設者であるヴィタリック・ブテリン(Vitalik Buterin)氏も10月8日、ドレイク氏の投稿を受け、自身のXアカウントで見解を示した。同氏は、AIによる数学研究の進歩が暗号技術の安全性に与えるリスクを重視する一方、現時点で慌てて資産を新しいウォレットへ移すことは勧めないと述べた。

ブテリン氏は、一度も取引に署名していないアドレスで資産を保管することについて、容易に実施できる場合には有効な予防措置になるとの考えを示した。ただし、急いで移行作業を行うと、設定ミスなどによって資産を失う危険があると指摘した。同氏自身も、ハッキングより移行作業の失敗によって多くの資産を失った経験があるとして、慎重な対応を呼びかけた。

また、ブテリン氏は、量子コンピューターへの耐性が期待されている「格子暗号」についても、AIによる数学研究の進歩が安全性を脅かす可能性を指摘した。格子暗号は、格子と呼ばれる数学的な構造に関する問題を解くことの難しさを利用した暗号技術だ。同氏は、今後2年間のAIによる数学研究の進歩によって、格子暗号を効率的に解読する新たな方法が発見される可能性を指摘した。その場合、従来と同じ安全性を維持するために、より大きな鍵が必要になる可能性があるとの見解を示した。

そのうえでブテリン氏は、利用可能な場面では格子暗号よりもハッシュベースの暗号技術を優先すべきだと主張した。ハッシュベースの電子署名は、ハッシュ関数の計算結果から元の情報を求めることが難しいといった性質を安全性の根拠としている。このため、楕円曲線暗号や格子暗号を破る新たな計算方法が発見されても、それだけでハッシュベースの電子署名が破られるわけではない。ただし、ハッシュベースの暗号技術だけですべての用途に対応できるわけではなく、例えば公開鍵を使ったデータの暗号化などでは、別の暗号技術が必要になる。

ブテリン氏は、こうしたリスクへの対応が、イーサリアムの長期的な技術構想「リーン・イーサリアム(Lean Ethereum)」でハッシュベースの暗号技術を重視している理由の一つだと説明した。リーン・イーサリアムは、イーサリアムの仕組みを簡素化し、処理能力や安全性の向上を目指す長期構想だ。その重要な課題の一つに、量子コンピューターへの耐性強化がある。一方、ドレイク氏は、AIによる数学研究の進歩を踏まえ、こうした暗号技術への移行を加速させる必要があるとの個人的な見解を示した。

画像:PIXTA

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この記事の著者・インタビューイ

渡邉洋輔

「あたらしい経済」編集部 記者
ブロックチェーンおよびデジタル資産分野を専門とし情報発信を行っている。オンチェーンデータや流動性構造など、市場設計の観点からのリサーチにも取り組んでいる。

「あたらしい経済」編集部 記者
ブロックチェーンおよびデジタル資産分野を専門とし情報発信を行っている。オンチェーンデータや流動性構造など、市場設計の観点からのリサーチにも取り組んでいる。

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