SEC委員、KYC・AMLでの個人情報収集見直し提唱。ゼロ知識証明など活用へ

ゼロ知識証明など活用したKYC・AML見直し提唱

米証券取引委員会(SEC)のヘスター・M・ピアース(Hester M. Peirce)委員が、米ニューヨークで開催された「2026 SIFMA デジタル・アセッツ・カンファレンス(2026 SIFMA Digital Assets Conference)」で9月23日に講演した。同講演でピアース氏は、KYCやAMLにおける個人情報の収集について、ゼロ知識証明などの暗号技術を活用した仕組みへ見直すべきとの考えを示した。なお、今回の発言はピアース氏個人の見解であり、SECや他の委員の見解を示すものではない。

KYCは、金融機関などが顧客の身元を確認する手続きだ。一方、AMLはマネーロンダリングなどの不正な資金移動を防止・発見するためのより広い取り組みを指す。現在、米国の金融機関は「顧客識別プログラム(Customer Identification Program:CIP)」に基づき、顧客の氏名、生年月日、住所、識別番号などを収集し、本人確認を行う。また、顧客との関係や活動の性質と目的を継続的に把握し、異常な活動が確認された場合などには個人情報や取引情報を含む報告書を提出する必要がある。

ピアース氏は、現在のKYC・AMLの枠組みについて、多くの人から情報を収集することで、大多数の合法的な利用者の中から犯罪者を発見する考え方に基づいていると説明した。同氏はこれを、犯罪者という「針」を見つけるために、個人情報という「干し草」を集め続けている状態に例えた。一方、干し草の山が大きくなるほど針を見つけることは難しくなるとして、数十年間続けられてきた「より多くのデータを収集する」という方法を見直す必要があると指摘した。

また、こうした監視や報告には大きなコストがかかるほか、集められた個人情報や企業の機密情報がハッキングなどによって流出するリスクもある。ピアース委員は、政府や民間事業者が保存する情報が増えるほど、事故または意図的な情報の不適切利用につながる可能性も高まるとの考えを示した。

こうした大量の個人情報を収集する方式に代わり、ピアース氏が示したのが、個人情報そのものではなく、取引などに必要な「属性」を確認する考え方だ。その具体例として「属性ベースの証明書(attribute-based credentials)」を挙げた。検証可能な証明書を利用すれば、年齢や国籍、一定の要件を満たす投資家であること、制裁リストに掲載されていないことなど、必要な事実だけを証明できる。

例えば従来の本人確認では、年齢などの条件を確認するために、生年月日を含む個人情報そのものを相手へ提供する。これに対し、ゼロ知識証明などの暗号技術を利用すれば、元となる情報を開示せず、必要な条件を満たしていることだけを証明できる。ピアース氏は、個人が提供する情報や、その情報を提供する相手の数を減らす技術はすでに存在するとしたうえで、こうした技術の導入を可能にする規制の枠組みが必要だと述べた。

同氏は規制の見直しに当たり、個人情報そのものが本当に必要なのか、その情報によって証明される事実だけで十分ではないか、情報収集を求める取引の基準が低すぎないかについても検討すべきだとした。

またピアース氏は、同じ個人情報を複数の金融機関が繰り返し収集する現在の仕組みについても見直しを提案した。現在は一部の例外を除き、別の規制対象事業者がすでに本人確認を行っていても、それぞれの事業者が顧客情報を収集して確認することが一般的に求められる。このため同氏は、信頼できる規制対象事業者が本人確認を済ませている場合、他の金融機関もその確認結果を利用することを一般的な運用とすべきとした。これにより、同じ機密情報が複数の金融機関に保存されることを減らし、金融機関のコストも削減できる可能性があるとのことだ。

さらにピアース氏は、本人確認の方法だけでなく、政府が情報を収集するために金融取引へ仲介業者を置く必要があるのかという問題も提起した。金融機関などの仲介業者が顧客情報を収集する従来の仕組みに対し、ブロックチェーンなどの新しい技術には、仲介業者を介さずに利用できるものもあるためだ。

ピアース氏は、「真にパーミッションレスなネットワーク」について、中核プロトコルが特定主体の裁量ではなく、自動化された変更不可能なコードによって動作するネットワークと説明した。また、ユーザーと資産の間にカストディを担う仲介業者がおらず、すべての参加者と取引が中立的に扱われることも条件に挙げた。こうした仕組みでは仲介業者による個人情報の収集を減らせる一方、パブリックブロックチェーン上には公開され、後から監査可能な取引記録が残る。

法執行機関は、ブロックチェーン分析ツールを利用してこうした取引記録を分析できる。ピアース氏は、新しい技術によって人々のデータを保護しながら、違法行為をより効果的に発見できる可能性があるとの見方を示した。一方で安全とプライバシーの間には今後もトレードオフが残るとして、規制当局や規制対象事業者、一般市民が技術変化の恩恵を受けるためには、現段階で議論することが重要だと締めくくった。

なおピアース氏は9月25日、自身のXアカウントで、SEC委員を10月2日付で退任すると明らかにした。公開した9月21日付の辞任書では、ドナルド・トランプ(Donald Trump)大統領に対し、10月2日付で辞任すると伝えている。ピアース氏は2018年からSEC委員を務め、2025年2月からはSECの暗号資産(仮想通貨)政策を検討する「クリプト・タスクフォース(Crypto Task Force)」を率いてきた。

参考:SEC
画像:PIXTA

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この記事の著者・インタビューイ

渡邉洋輔

「あたらしい経済」編集部 記者
ブロックチェーンおよびデジタル資産分野を専門とし情報発信を行っている。オンチェーンデータや流動性構造など、市場設計の観点からのリサーチにも取り組んでいる。

「あたらしい経済」編集部 記者
ブロックチェーンおよびデジタル資産分野を専門とし情報発信を行っている。オンチェーンデータや流動性構造など、市場設計の観点からのリサーチにも取り組んでいる。

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