過去の失敗したデジタル通貨とビットコインの大きな違い

小宮自由

過去の失敗したデジタル通貨とビットコインの大きな違い

ビットコインを発明し、未だその正体が分かっていないサトシ・ナカモト。そんなサトシが残した約2年間の文章を、小宮自由氏の解説と共に紹介する連載「サトシ・ナカモトが残した言葉〜ビットコインの歴史をたどる旅」の第20回。

まずサトシのメールの前に、本連載の元になっている書籍『ビットコイン バイブル:サトシナカモトとは何者か?』の著者フィル・シャンパーニュ氏の解説も掲載する。

フィル・シャンパーニュ氏の解説

ここでサトシは、分散型の通貨が成功への鍵として重要だと述べている。前に指摘したように、政府が通貨供給量をコントロールできると、赤字財政支出の財源捻出が容易になる。過去に出現した中央制御型の電子通貨は様々な理由から政府により消滅に追い込まれた。その理由のうち、代表的なものはマネーロンダリングやドラッグ購入が容易になるというものだが、他方で、こうした金融活動で広く選ばれるのが米ドルだったりする。

Re:ビットコイン ピアツーピア通貨のオープンソースの実装 サトシ・ナカモト 2009年02月15日 16時42分

それではサトシの2009年02月15日16時42分の投稿を見ていこう。

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(注:斜体部分は、サトシ以外の者の質問を指す)

Sepp Hasslbergerは書きました:

ビットコインとのシナジーはありえますか?  http://opencoin.org/

ありえます。彼らが語るのはチョーム*1 的な古いタイプの中央造幣所のようなものですが、選択肢がそれだけだったから、というだけの理由かと思います。新しい方向へ踏み出せるなら興味を示すかもしれません。

多くの人は、電子通貨というと、1990年代以降、全ての事業者が失敗に終わったために、失敗事案として自動的に切り捨てます。そういう運命をたどった唯一の原因が、中央制御的なシステムだったことは明らかだと思います。信用基盤でない分散型のシステムにトライするのはこれが初めてだと思います。

サトシ・ナカモト

暗号学メーリングリスト

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【訳注】
*1 原文では「Chaumian」で、David Chaum https://en.wikipedia.org/wiki/David_Chaum によって提案された暗号学的プロトコルや技術の総称。Chaumian が用いられた電子マネーとしては、Ecash https://en.wikipedia.org/wiki/Ecash が代表例として存在する。

解説

グローバルな電子マネーの存在は、ビットコインを筆頭にもはや当たり前のものとなっています。ただし、それは(2023年現在から)ここ10年ぐらいの話であり、それ以前は(ビットコインが2008年にリリースされたにも関わらず)存在を知る人はごく僅かでした。1990年代にはたくさんの電子マネーがリリースされましたが、それらは全ては失敗し、電子マネー事業は下火になりました。

サトシは、OpenCoin が普及しないであろう理由を、中央制御型(centrally controlled)だからと考えます。前回の記事で述べた通り、サトシは、「システムの稼動に信用を必要とする」ことを既存通貨の最大の問題と考えました。これは法定通貨だけでなく、中央制御型の電子マネーも含まれます。ビットコイン以前は、全ての電子マネーは発行者への信用が必須であり、これは法定通貨に内在する問題を解決できていないとサトシは考えたのです。

2023年時点で OpenCoin は普及しておらず、ビットコインやブロックチェーン技術を用いた暗号資産は世界中で盛んに取引されています。もし2000年に「誰かを信用しなくても価値は想像できる」と言っても、ほとんどの人は戯言か妄言と受け取るでしょう。サトシはブロックチェーンというアイデアでこれを実現しました。ブロックチェーンの仕組みははたった9ページのPDFで示されており、これはまさしくコロンブスの卵と言えるでしょう。

小宮自由

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小宮自由

東京工業大学でコンピュータサイエンスを学び、東京大学ロースクールで法律を学ぶ。幾つかの職を経た後に渡欧し、オランダのIT企業でエンジニアとして従事する。その後東京に戻り、リクルートホールディングスでAI(自然言語処理)のソフトウェア作成業務に携わり、シリコンバレーと東京を行き来しながら働く。この時共著者として提出した論文『A Lightweight Front-end Tool for Interactive Entity Population』と『Koko: a system for scalable semantic querying of text』はそれぞれICML(International Conference on Machine Learning)とACM(Association for Computing Machinery)という世界トップの国際会議会議に採択される。その後、ブロックチェーン業界に参入。数年間ブロックチェーンに関する知見を深める。現在は BlendAI という企業の代表としてAIキャラクター「デルタもん」を発表するなど、AIに関係した事業を行っている。 https://blendai.jp/ https://twitter.com/blendaijp

東京工業大学でコンピュータサイエンスを学び、東京大学ロースクールで法律を学ぶ。幾つかの職を経た後に渡欧し、オランダのIT企業でエンジニアとして従事する。その後東京に戻り、リクルートホールディングスでAI(自然言語処理)のソフトウェア作成業務に携わり、シリコンバレーと東京を行き来しながら働く。この時共著者として提出した論文『A Lightweight Front-end Tool for Interactive Entity Population』と『Koko: a system for scalable semantic querying of text』はそれぞれICML(International Conference on Machine Learning)とACM(Association for Computing Machinery)という世界トップの国際会議会議に採択される。その後、ブロックチェーン業界に参入。数年間ブロックチェーンに関する知見を深める。現在は BlendAI という企業の代表としてAIキャラクター「デルタもん」を発表するなど、AIに関係した事業を行っている。 https://blendai.jp/ https://twitter.com/blendaijp

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