ビットコイン初期の35%のインフレ率(通貨膨張率)に関する、サトシの考え

小宮自由

ビットコイン初期の35%のインフレ率に関する、サトシの考え

ビットコインを発明し、未だその正体が分かっていないサトシ・ナカモト。そんなサトシが残した約2年間の文章を、小宮自由氏の解説と共に紹介する連載「サトシ・ナカモトが残した言葉〜ビットコインの歴史をたどる旅」の第5回。

今回はサトシのメールの前に、本連載の元になっている書籍『ビットコイン バイブル:サトシナカモトとは何者か?』の著者フィル・シャンパーニュ氏の解説も掲載する。

フィル・シャンパーニュ氏の解説

ビットコインの創成期、最初の数年間は10分ごとに50ビットコインが産出されるペースで推移し、年間260万ビットコインが産出されていた。2009年1月に収支バランスゼロでのスタートの後、ビットコイン通貨は驚異的なインフレ率(通貨膨張率)で推移した。供給量が極めて限られた状態で通貨需要が高まったことが、高いインフレ率(通貨膨張率)の原因だった。これとは対照的に、ベネズエラのボリバル、アルゼンチンのペソ、ジンバブエのドルのような既存の国民通貨は、比較的十分な供給量で始まった。とはいえ、これらの通貨は、政府の赤字財政支出の財源確保のため、後に増札率が引き上げられた。

政府の赤字財政支出の財源確保には、通貨インフレ(通貨膨張。増札)、国民から借りる(公債・国債)、課税の三つの手法がある。政府は法定通貨を好む傾向があり(つまり、増札する)、不可避の物価上昇の原因を投機家に負わせ、その真犯人である通貨インフレには触れようとしない。これは2013年と2014年にベネズエラ政府がとった言い訳だった。政府が赤字財政支出の財源確保に金、銀、あるいはビットコインの利用を強いられるとすると、増税の必要があるが、これは国民に不人気な頼みの綱であるし、他には信用市場での借り入れもある。後者だと、借入金の需要増大による利子率の上昇を招くし、政府が赤字財政対策として歳出削減に向かわなければ、税率アップを強いられる。

サトシ・ナカモト 2008年11月08日 土曜日 13時38分26秒 -0800

それでは2008年11月8日13時38分26秒のサトシのメールをみていこう。

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Re:ビットコイン ピアツーピア 電子キャッシュ 論文

サトシ・ナカモト 2008年11月08日 土曜日 13時38分26秒 -0800

Ray Dillinger:

この「通貨」のインフレ率は35%で、これは一年間のコンピューター処理速度の向上率に相当します。35%のインフレ率は技術的にほぼ保証されています。

ハードウェア処理速度の増加には対応可能です。「時間の経過につれ、ハードウェア速度の増加とノード稼動の多様化に対処するため、プルーフ・オブ・ワークの難易度は、一時間当たりの平均ブロック数を目標とした可変的な平均値により決定される。生成が速すぎれば難易度は上昇する。」

コンピューターの処理速度が向上し、ビットコイン生成に投入される計算能力全体が増加すると、それに比例してコインの新規産出の全体量が一定になるように難易度が上昇します。こうして、将来、新規ビットコインの年間産出量がどのくらいになるかが前もって分かります。

新たなコイン産出という事実が意味するのは、通貨供給量が計画通りの数量分、増加するということですが、これで必ずインフレになるわけではありません。通貨供給量の増加がその通貨の利用者数の増加と同じペースで進めば、物価は動かず安定します。需要の増加を通貨供給の増加が下回れば、デフレが起き、その前から通貨を保有していた人にとってはその保有通貨の価値が上昇します。

コインの最初の段階では流通することが必要で、一定の増札ペースの維持は最善の対処法だと思います。

サトシ・ナカモト

暗号学メーリングリスト

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解説

以前の記事で紹介した通り、ビットコインはマイニングによってブロックを採掘することにより新たに発行され、マイナーがそのコインを受取ることができます。サトシは将来ビットコインが普及し、より多くの人が使うようになる(需要が増える)と考え、マイニングによるビットコインの新規発行の仕組みを作りました。

発行のスピードは超短期的にはコンピュータの計算能力に依存します。しかしこれでは、急速に計算能力が向上した(例えば、スーパーコンピュータがマイニングに参加した)ときにコインが発行されすぎる可能性があります。これが起こることを防ぎ、中期的にコインの発行量を一定にするため、前回の採掘の速度を基準として発掘の難易度を調整するという仕組みがビットコインには内蔵されています。

この記事では触れられていませんが、長期的にはビットコインの採掘量は減少していきます。210,000ブロック(約4年)ごとに採掘量は半減し、この期間を半減期と言います。徐々に採掘量を減らすことにより、無限のインフレを防ぐという役割があります。

重要なのは、これがプログラムによって予め定められているということです。円やドルのような法定通貨では、中央銀行が後付けで裁量的に通貨供給量を操作でき、これはしばしば価格操作として批判の対象となります。ビットコインは通貨の管理者の存在を徹底的に排除しているので、通貨供給量の変更も人ではなくプログラムに任せているのです(そして、その変更ルールは全世界に対して公表されています)。

このように価格を自動で安定的に調整するメカニズムがビットコインにはあります。しかし、(おそらく)サトシの思惑を遥かに超えてビットコインは普及したので、需要が供給を圧倒的に上回り、2021年現在において価格は非常に高騰しています。

小宮自由

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参考リンク

採掘速度
半減期

(image:iStock/FotografieLink)

この記事の著者・インタビューイ

小宮自由

東京工業大学でコンピュータサイエンスを学び、東京大学ロースクールで法律を学ぶ。幾つかの職を経た後に渡欧し、オランダのIT企業でエンジニアとして従事する。その後東京に戻り、リクルートホールディングスでAI(自然言語処理)のソフトウェア作成業務に携わり、シリコンバレーと東京を行き来しながら働く。この時共著者として提出した論文『A Lightweight Front-end Tool for Interactive Entity Population』と『Koko: a system for scalable semantic querying of text』はそれぞれICML(International Conference on Machine Learning)とACM(Association for Computing Machinery)という世界トップの国際会議会議に採択される。その後、ブロックチェーン業界に参入。数年間ブロックチェーンに関する知見を深める。現在は BlendAI という企業の代表としてAIキャラクター「デルタもん」を発表するなど、AIに関係した事業を行っている。 https://blendai.jp/ https://twitter.com/blendaijp

東京工業大学でコンピュータサイエンスを学び、東京大学ロースクールで法律を学ぶ。幾つかの職を経た後に渡欧し、オランダのIT企業でエンジニアとして従事する。その後東京に戻り、リクルートホールディングスでAI(自然言語処理)のソフトウェア作成業務に携わり、シリコンバレーと東京を行き来しながら働く。この時共著者として提出した論文『A Lightweight Front-end Tool for Interactive Entity Population』と『Koko: a system for scalable semantic querying of text』はそれぞれICML(International Conference on Machine Learning)とACM(Association for Computing Machinery)という世界トップの国際会議会議に採択される。その後、ブロックチェーン業界に参入。数年間ブロックチェーンに関する知見を深める。現在は BlendAI という企業の代表としてAIキャラクター「デルタもん」を発表するなど、AIに関係した事業を行っている。 https://blendai.jp/ https://twitter.com/blendaijp

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