なぜ国内で仮想通貨が自由に送金できない?
現在、国内の一部の暗号資産(仮想通貨)取引所*1 同士で、暗号資産の送金ができない状況が発生している。もちろん金融庁がしっかりと認可した国内の取引所間での話だ。なぜそのような状況が生まれてしまったのか。その理由はトラベルルールと、日本の取引所の対応にある。
この記事では、昨年日本の暗号資産業界でのトラベルルール採用において生じた課題や、今月発表された一部取引所の新たな動きについて、業界関係者への取材内容とあわせ紹介していく。
「トラベルルール」とは? 分かれた日本の取引所の対応
トラベルルールとは、「ユーザーの依頼を受けて暗号資産の出金を行う取引所が、出金依頼人と受取人に関する一定の事項を、出金先となる受取人側の取引所に通知しなければならない」というルール。一定の事項は、顧客の氏名や住所又は顧客識別番号などの情報だ。
このルールは、マネーロンダリングやテロリストへの資金供給を防ぐ対策の基準を作る国際組織FATF(金融活動作業部会)が、各国の規制当局に対して導入を求めているものだ。それを受け日本でもその内容が法律に盛り込まれ、昨年6月から取引所同士の顧客情報の共有が義務付けられた。
それを受け国内の取引所は、顧客情報を通知するソリューションを採用し、トラベルルール対応することになった。その際に国内で採用されたソリューションは2つある*2。米大手取引所コインベース開発の「TRUST」と、台湾のセキュリティ企業CoolBitXの開発の「Sygna」だ。
具体的に国内では、ビットフライヤーとコインチェックが「TRUST」を採用。またビットバンク、GMOコイン、SBI VCトレード、ビットポイント、DMM bitcoin、楽天ウォレット、その他の取引所が「Sygna」を採用した*3。なお現在、この2つのソリューションには互換性がない。
そのため、異なるソリューションを採用した取引所同士では、顧客情報を適切に管理し、通知できる情報を所持していても、暗号資産の送受金の注文が受けられない状況にある。例えばビットフライヤーとコインチェック同士ではユーザーが資産を送受金できるが、この2社からそれ以外の取引所には送金できない。
このルールが採用されるまで、国内の取引所間では自由に送受金が可能だった。そもそも簡単に低コストで送金できることが暗号資産の大きなメリットの一つでもある。しかし現在は採用システムの違いで、第三者への送金または自分の所有する口座への送金さえもできなくなっている。
例えば法定通貨で考えると、異なる銀行同士でシステムが理由で振り込みができないということはない。しかし暗号資産に関しては、残念ながら一部の取引所間で、そのような状況が昨年から続いてしまっているわけだ。
そもそも国内でソリューションを統一できなかったのか?
なぜこのような状況になってしまったのだろうか。そもそも昨年のトラベルルール対応の際、ユーザーの利便性を考慮し、各取引所が国内で統一したソリューションを採用することができなかったのだろうか?
国内には金融庁が認定した、日本暗号資産取引業協会(JVCEA)という、取引所らが加入する自主規制団体がある。もちろん今回トラベルルールに対応したすべての取引所が加入している。ではこの協会で、トラベルルール対応について議論はされなかったのだろうか。協会内では昨年のソリューション対応時、どのようなやりとりがあったのだろうか。
本件に詳しいという業界関係者への取材によると、協会内ではトラベルルールの対応ソリューションについて、国内で統一しようという話し合いが持たれ、1つのソリューションに統一する方針になっていたという。そしてそのソリューション対応の開発が各社で進んでいる中、導入直前で一部の取引所らが、突然違うソリューションを採用することとなったという。
結果として、国内で大きなシェアを持つ大手2取引所が、その他取引所と異なるソリューションを採用することになった。
もちろん、システムの採用は個社の判断事項であり、さまざまな判断要素を鑑みて決断されたものだろう。しかし取材内容が事実であれば、急な変更の理由やその意図が気になる。関係者によると、一部の会員はこのような事態に「この話は競争領域ではなく、制度対応の話なのに、なぜこのようなことになったのか」と漏らしていたという。
状況を変える、SBI VCトレードとビットポイントの動き
ソリューションを国内で統一できなかったことで、不便になったのは間違いなく投資家や事業者だ。ルール採用後にこの状況を改善できないのかという意見が散見された。投資家からは「自分の資産を自由に移動させたくとも、ソリューションが異なる取引所への送金は、ノンカストディアルウォレットを一旦介さなければならず、手数料負担や誤送金リスクが増える」、また国内外で暗号資産の送金をする事業者からも「取引先に口座を変更してもらうことを強いなければいけなかった」などの意見も見られた。
しかしこのようなユーザーにとって不便な状況を打開しようとする動きが、各社のルール対応から1年弱たった今月、取引所2社から具体的に発表された。
SBI VCトレードとビットポイントが、すでに採用している「Sygna」に加え、もう一つのソリューションである「TRUST」の導入予定を4月11日発表した。なおSBI VCトレードに関しては今年の1月1日に「TRUST」導入計画をすでに発表しており、その具体的な内容が公表された形だ。
今回の発表によると、ビットポイントは4月18日から、SBI VCトレードは4月24日から、「TRUST」を導入する予定とのこと。これにより少なくとも4社間で自由に送金ができるようになり、今後このような対応が拡がることにも期待ができる。発表の見出しではそう可能性を感じされられたわけが、2社の発表内容をよく読むと、また新たな疑問が浮かび上がった。
浮かび上がる疑問、未定発表の意図は?
まずSBI VCトレードの発表では「株式会社bitFlyer、コインチェック株式会社から当社への入庫は、現時点で実施可能時期は未定となっております」と記載されている。そして「当社から株式会社bitFlyer、コインチェック株式会社への出庫は、導入日より実施可能です」とされている。
つまり導入日である4月24日から、SBI VCトレードからビットフライヤーやコインチェックに暗号資産は出金できるが、その逆については未定という内容だ。
一方、ビットポイントは次のように発表している。「当社は株式会社bitFlyer、コインチェック株式会社への入出金が、各社との相互接続のテストが出来次第可能となります。株式会社bitFlyer、コインチェック株式会社との入出金の実施可能時期は現時点で未定となっております」
つまりビットポイントについては、4月18日に「TRUST」を導入する予定だが、ビットフライヤーとコインチェックとの相互接続のテストが完了しておらず、現状時期については未定と発表しているわけだ。
まずビットポイントの発表から、ソリューションが統一されても該当取引所同士の相互接続テストが行われないと、実際に利用できないことが推測できる。
またSBI VCトレードは、ビットフライヤーとコインチェックへの出金は実施可能と発表している。つまりビットポイントの発表のようにテストができれば送金可能になるのであれば、SBI VCトレードはビットフライヤーやコインチェック側との相互接続テストは一部実施済みと想定できる。しかし、にもかからず一方通行しか実現しない理由はなんなのだろうか。
そもそもこの相互接続テストというのは業務的に負荷が大きいのか。顧客情報のやり取りするシステムを各社が独自開発せずとも実施できるように生まれたのが、「TRUST」や「Sygna」のようなソリューションのはずだ。取引所のシステム開発に詳しいエンジニアらに聞いたところ、サイトやアプリの改修などが必要になるケースもあるが、すでに各社が既存取引先とは対応済みであり、それを増やすだけなので開発は軽微ではないかとのこと。
なお今回SBI VCトレードとビットポイントは、前述のようになぜ未定情報の含まれる発表をせざるを得なかったのだろうか。本来なら双方向での送金が対応した時点での事前発表が、理想的だと考えられる。
特にSBI VCトレードは、自社からは出金ができる、つまり顧客を手放すということにも繋がる、同社にとってはビジネス的にメリットではない、どちらかといえばデメリットでしかない状況を発表している。年始からこの計画を発表してきた同社が、今回の発表に至った意図はなんなのだろうか。
SBI VCトレードとビットポイントは共に未定の部分について「各社のトラベルルール対応につきましては、ご利用の各業者にお問い合わせください」と発表している。その詳細について取材を申し込んだが、発表以上の情報を残念ながら得ることはできなかった。
そしてビットフライヤーとコインチェックにも、本件に関して問い合わせを行った。今回の2社の発表を受け、対応がいつになるのか、それぞれの広報担当者に質問を投げかけた。
コインチェックは「SBI VCトレード様の4/11付プレスリリースに記載の通りです」との回答だった。またビットフライヤーに対しては「当社が発表した内容ではなく、当社からコメントできることはございません」との回答で、残念ながら具体的な対応時期などの情報は得られなかった。
web3のゲートウェイとなる取引所の役割は大きい
先日自民党のweb3PTが「web3ホワイトペーパー2024」の策定を発表した。今年で3年連続の取り組みとなる。今年もこの内容が与党の政策に取り込まれていくことが期待できる。政府がweb3の後押しを始めてから約3年、まだまだ色々課題は多いものの、日本における暗号資産/ブロックチェーン関連の法改正などは前向きに徐々に進んできている。
そして日本政府もweb3を推進する中、米国ではビットコインの現物ETFが承認され、暗号資産市場は再び活況を取り戻している。ビットコインも今年、史上最高値を何度も更新している状況だ。
今回紹介したトラベルルールにまつわる動きは、これから日本が解決すべき課題の中では、それほど大きくはないかもしれない。しかし今こそ日本の業界が一丸となって、再び暗号資産領域で世界の中でも強い日本を目指すべきタイミングではないだろうか。
そんな中、さらなる企業のweb3参入や一般投資家の拡大など、日本のweb3市場をより盛り上げるために、ゲートウェイとなる暗号資産取引所の役割は非常に大きい。
今回のトラベルルール対応についても、2社の導入実施日が迫っている。関係する各社からの前向きで具体的な続報を期待したい。業界を今後もリードしていく暗号資産取引所には、これからもユーザーが使いやすく安全なサービス提供や、グローバルで勝負できるサービス展開を期待し続けたい。
【注釈】
*1 暗号資産交換業者という記載が正式だが、一般的な理解しやすさを考慮し、暗号資産取引所/取引所と本記事では記載する。
*2 日本での各社のソリューション採用後に、バイナンスジャパンが国内でローンチした。バイナンスジャパンは「GTR」というソリューションを採用しており、現在国内では後述のCrypto Garage のNotabeneを含み4つのソリューションが混在している。
*3 法人向けに暗号資産サービス展開するCrypto GarageはNotabeneを採用している。
【お詫びと訂正】記事公開時、Crypto Garageの採用ソリューションをTRUSTと記載しておりましたが、Notabeneの誤りでした。それに伴い注釈*3を上記のように修正いたしました。それに合わせ注釈*2の記載内容も一部修正しました。関係者の皆様にお詫び申し上げます(2024/5/14)。