マネロン対策との両立に道筋
国際決済銀行(BIS)イノベーション・ハブ香港センターと香港金融管理局(HKMA)が、中央銀行デジタル通貨(CBDC)のプライバシー保護を検証した「プロジェクト・オーラム(Project Aurum)」第2段階の報告書を10月13日に公表した。
同プロジェクトでは、利用者の個人情報や取引情報の開示を抑える仕組みを備えたCBDCの試作システムが開発された。なお、今回のCBDCシステムの試作・検証には、BISイノベーション・ハブとHKMAのほか、香港理工大学および香港応用科技研究院(ASTRI)も参加した。
この試作システムでは、日常の支払いで現金に近い匿名性を確保しながら、マネーロンダリング対策(AML)やテロ資金供与対策(CFT)にも対応できることが技術的に示された。報告書では、プライバシー保護を中央銀行が取引情報を「見ない」という約束に頼るのではなく、技術によって担保する必要があると指摘されている。
試作システムでは、BBS+署名、取引ごとに変化する仮名(スードニム)、ゼロ知識証明(ZKP)、台帳の分割といったプライバシー強化技術(PETs)が組み合わせられたとのこと。
利用者は銀行で本人確認(KYC)を受けた後、取引ごとに異なる仮名を生成・利用できるという。仮名は正規の利用者であることを証明できる一方、本人情報が開示されない通常の取引では、加盟店などの第三者が仮名から利用者の身元を特定できない設計となっている。
また、中央銀行は小売決済の台帳にアクセスできず、取引を検証するバリデーターも通常の支払いにおける取引額を確認できないとのこと。加盟店側では、本人情報が開示されない通常の取引において、同じ客でも取引ごとに異なる利用者として扱われ、決済システム内の情報だけを突き合わせても購買履歴を再構築できない仕組みだ。
一方、本人確認を実施した銀行は利用者と仮名の対応関係を把握できるため、法執行機関は必要に応じて銀行を通じて利用者の身元を照会できるという。完全な匿名性ではなく、監査可能性を残しながら日常的な取引情報の開示を抑える設計となっている。
プライバシー保護の水準は、各国・地域の規制や政策に合わせて調整できるとのこと。例えば、銀行が定めた基準額以上の支払いでは、支払人の氏名と身分証番号などの情報が、一部を伏せた形式で受取人に自動表示される。
また同プロジェクトでは、外国人旅行者などを想定した「匿名ウォレット」も試作された。同ウォレットの口座は、郵便局のような中立的機関が管理する設計となっている。利用者は窓口で身分証明書を提示するものの、少額決済では機微な個人情報の開示を抑え、高い匿名性を確保できるという。同ウォレットの残高や利用額には低い上限が設けられている。また、同一人物による複数の匿名口座の開設を防ぐ仕組みも備えられている。
銀行は、不正が疑われる場合に、ウォレット全体を停止するだけでなく、問題のある入金分の「コイン」だけを選択的に凍結できるとのこと。例えば、利用者は、不審な第三者から受け取った資金が凍結されても、それ以外の残高は引き続き利用できる。また、裁判所の命令に基づく資金の没収に対応するため、特別な取引形式も設けられた。
一方、プライバシー保護機能を備えたCBDCシステムの実用化に向けた課題も明らかになった。
ゼロ知識証明の生成には一定の処理時間が必要で、今回の試験環境では、入力コインが1枚の場合は2.86秒、20枚の場合は29秒を要した。GPUを使った処理の高速化により、それぞれ0.4秒、1.76秒まで短縮された。
仮名のデータ量は約2KBで、1つのQRコードに収まるものの、低画素のカメラを搭載した古い端末などでは読み取りにくい場合があるという。
また、最大限の匿名性を選択したウォレットでは、所有者の身元とウォレットを結び付ける情報がないため、アクセス手段を失うと資金を復旧できない。プライバシーを強化するほど、条件付き支払いなどのプログラマビリティ(プログラムによる送金制御)にも制約が生じる。
さらに、試作システムに採用された暗号技術は楕円曲線暗号(ECC)やRSAなどに依存しており、将来の量子コンピューターに対する耐性の確保も課題として挙げられた。
報告書は、今回の試作が実運用に対応した完成済みのシステムではないとしたうえで、プライバシー保護と規制遵守は両立し得ると結論づけた。その均衡をどこに置くかは、各国・地域の法律やリスク許容度に応じて判断する必要があるとしている。
参考:BIS「Project Aurum Phase 2: Privacy-enhancing technologies for digital cash」
画像:Reuters