ビットコインの市場価格と生成コスト、価格は将来どうなるかを語るサトシ

小宮自由

ビットコインの市場価格と生成コスト

ビットコインを発明し、未だその正体が分かっていないサトシ・ナカモト。そんなサトシが残した約2年間の文章を、小宮自由氏の解説と共に紹介する連載「サトシ・ナカモトが残した言葉〜ビットコインの歴史をたどる旅」の第32回。

まずサトシのメールの前に、本連載の元になっている書籍『ビットコイン バイブル:サトシナカモトとは何者か?』の著者フィル・シャンパーニュ氏の解説も掲載する。

フィル・シャンパーニュ氏の解説

このスレッドの投稿で出された質問は、採掘の難易度が増して報酬の額が下がるとき(この投稿の2010年の時点では50 BTCだったが、後に2013年の早い時期に25 BTCに下げられた*1)、採掘者の利益率がどうなるかを問うている。

*1 いわゆる半減期

サトシ・ナカモト 2010年02月21日 午後05時44分24秒

それではサトシの投稿をみていこう。

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Re:現行のビットコイン経済モデルは持続不可能である

(注:斜体部分は、サトシ以外の者の質問を指す)

xcは書きました:

人々に汗をかかせることなどできません。今までに「デフレ・スパイラル」で死んだ人はいません: – ) 「私は匿名ではない」*1に賛成です。市場は最良のビットコイン風の通貨を選ぶでしょう。でも、私は、サトシがビットコインの基盤としたルールが、未来のビットコイン経済の繁栄には十分すぎるものだと信じるようになりました。

ビットコインの供給量がどのくらい速く増加するか、誰もが正確に知っています。これは、プログラミングのルールとビットコインネットワークのルールで確定されています。現在のところ、ビットコインの正確な値段を付ける場として完成された市場が存在しないのは事実ですが *2、そういう市場や交換所は開発の途上にあります。将来の自称ビットコイン生成者に関して言えば、問題は、「コストの補償にいくら要求するか?」ではありません。彼が自分に自問自答するのは、「現在の市場価格と、私の電気・CPU資源の運用能力からすると、私がビットコインを生成する価値はあるだろうか?」という問題です。答えがイエスなら、彼は参加します。ノーなら、ビットコイン採掘への挑戦はやめ、ビットコインを適切な媒介手段として利用する有体資産の取引に焦点を絞ります *3。もしどちらか決められなければ、しばらくコイン生成に手を染めて試してから最終的な決断を下します。

ノードの数とCPUの計算パワーが将来的にどのくらいになるかは流動的ですし、競争的な流動性が生まれると、コストは価格に近づいていくでしょう(別の可能性はありません)。価格を決定するのは、市場と、取引の媒介手段(貨幣)としてビットコインを利用したいという需要、の両者です。遠い未来の自称ノード運用者には、取引手数料をめぐる競争がずっと重要な役割を担うでしょう。

あなたが提示した倹約のパラドックス論 とは反対に、デフレ(物価下落)で購買力が増すと期待してビットコインの収集と貯蓄に走るのは、悪いことではないです。ビットコイン資本の貯留が促され、もっと大きな資本投資物件の購入も可能になります。将来は、貯蓄したビットコインを市場の利子率で貸し出すビットコイン銀行もできるかもしれません。こうなると、蓄蔵 の効果は軽減されます。ただし、この素晴らしい節約行動も、あることと引き換えです。それは、現在の欲望の充足を将来に遅らせる、ということです。自称貯蓄者の視点から見ると、常に問題となるのは、現実の有体資産をいま固有したいという現在の欲望を否定するのと、遅れて購入できる将来的な可能性の両者の比較です。購買時期の選択は、もちろん、人により、状況により様々です。

電子的な性質を持つビットコインはたやすく分割可能であるという事実からすると、物価はデフレ(物価下落)の圧力にたやすく対応できるでしょう。貯蓄に走る人が多すぎると、物価は下落し、利子率も下がります。これが需要を刺激し(値段が安いから)、貯蓄意欲を弱めます(利子が低いから)。

XC

すばらしい分析です、xc。

値段が上がると期待される商品の合理的な市場価格は、期待される将来の上昇分の現在価格をすでに反映しています。あなたの頭の中では、上昇が続く見込みを秤にかけて確率の見積をしています。

物価を決定する市場の不在時には、生産コストに基づいたNewLibertyStandard *4の見積が優れた推測になっていて、有益なサービスです(ありがとうございます)。商品価格は生産コストへ下落して近づいていく傾向があります。価格がコストより低ければ、生産ペースは鈍ります。価格がコストより高ければ、生産量と販売量を増せば利益が得られます。同時に、生産の増大は難易度の増加を招き、生産コストを価格に近づけていきます。

後々、新規コインの生成数が既存の供給量に比してわずかな割合になったら、市場価格が生産コストを別の形で決定することになるでしょう *5。

現在では、生成の努力が急速に広がっていますが、これは、現在の産出コストよりも、実際の価値の方が高いと、人々に評価されていることをほのめかしています *6。

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【訳注】

*1 前の文脈が無いので、何を指しているのかは不明。ビットコインは完全匿名ではないため、その指摘の可能性がある。
*2 当時は今のように多数の取引を扱える取引所がなく、ビットコインの流動性は低かった。
*3 「媒介手段」とは、下記で再度述べている通り、貨幣のこと。有形資産は現金、不動産、証券などよく取引される資産が含まれるため、この文章は「ビットコインの採掘をやめ、これまで持っていたビットコインは現金、不動産、証券などの有形資産に交換する。この場合ビットコインは貨幣のように振る舞う」ということ。
*4 初のビットコイン取引所の名称。
*5 初期のビットコインのマイニングは、値上がりを期待した投機的なもので、現在の市場価格はあまり考慮されていなかった。将来に仮に市場価格が安定すれば、マイニングはある程度予測可能なビジネスとなる。この前提において、マーケットが価格が上がる(もしくは将来の市場価格が上がる)と予想すると、マイナーが増えて採掘難易度が上昇し、よって生産コストは増大する。下落するとその逆が起きる。このことをサトシは端的な表現で指摘している。
*6 現在はビットコインは過小評価されており、将来の大きな値上がりがあるとマーケットが期待しているということ。

解説

ビットコインの市場価格と生成コストに関して、様々なことが議論されています。注目すべきは、「将来的に価格は生産コストに近づく」と二人が予測していることでしょう。この前提には「ビットコインの価格は将来的に安定する、または/かつ予測が容易になる」というものがあります。そうであれば、マイナーは将来的な収益を予測した上でマイニングの設備投資を行えるようになります。誰もが期待収益に応じた投資ができれば、生産コストも一定になるだろうということです。

しかし、2023年11月現在、ビットコインは(昔よりは安定したとはいえ)まだまだボラティリティが大きく、収益の予測は困難です。マイニング事業から撤退する事業者が少なくないのも、予測が困難なことの証左です。彼ら二人の言っていることが正しいのかが証明されるのは、まだまだ時間がかかりそうです。

小宮自由

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小宮自由

東京工業大学でコンピュータサイエンスを学び、東京大学ロースクールで法律を学ぶ。幾つかの職を経た後に渡欧し、オランダのIT企業でエンジニアとして従事する。その後東京に戻り、リクルートホールディングスでAI(自然言語処理)のソフトウェア作成業務に携わり、シリコンバレーと東京を行き来しながら働く。この時共著者として提出した論文『A Lightweight Front-end Tool for Interactive Entity Population』と『Koko: a system for scalable semantic querying of text』はそれぞれICML(International Conference on Machine Learning)とACM(Association for Computing Machinery)という世界トップの国際会議会議に採択される。その後、ブロックチェーン業界に参入。数年間ブロックチェーンに関する知見を深める。現在は BlendAI という企業の代表としてAIキャラクター「デルタもん」を発表するなど、AIに関係した事業を行っている。 https://blendai.jp/ https://twitter.com/blendaijp

東京工業大学でコンピュータサイエンスを学び、東京大学ロースクールで法律を学ぶ。幾つかの職を経た後に渡欧し、オランダのIT企業でエンジニアとして従事する。その後東京に戻り、リクルートホールディングスでAI(自然言語処理)のソフトウェア作成業務に携わり、シリコンバレーと東京を行き来しながら働く。この時共著者として提出した論文『A Lightweight Front-end Tool for Interactive Entity Population』と『Koko: a system for scalable semantic querying of text』はそれぞれICML(International Conference on Machine Learning)とACM(Association for Computing Machinery)という世界トップの国際会議会議に採択される。その後、ブロックチェーン業界に参入。数年間ブロックチェーンに関する知見を深める。現在は BlendAI という企業の代表としてAIキャラクター「デルタもん」を発表するなど、AIに関係した事業を行っている。 https://blendai.jp/ https://twitter.com/blendaijp

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