ビットコインの「ナチュラル・デフレ」

小宮自由

ビットコインの「ナチュラル・デフレ」

ビットコインを発明し、未だその正体が分かっていないサトシ・ナカモト。そんなサトシが残した約2年間の文章を、小宮自由氏の解説と共に紹介する連載「サトシ・ナカモトが残した言葉〜ビットコインの歴史をたどる旅」の第28回。

まずサトシのメールの前に、本連載の元になっている書籍『ビットコイン バイブル:サトシナカモトとは何者か?』の著者フィル・シャンパーニュ氏の解説も掲載する。

フィル・シャンパーニュ氏の解説

コインの喪失の問題は何度か取り上げられた。コインの喪失は「ナチュラル・デフレ(自然に起こる通貨収縮)」と呼ばれている。これに関連する議論が以下に二つある。ここで注意すべきは、今日、国の通貨が借金から生まれる、という点である。車や家の購入ローンを組むと、同じ額のドルが刷られ、ローンを返済するとその分の通貨は消える。私たちの今日のシステムでは、デフレ的環境が意味するのは、資産(家、車など)の価格が下がるということであるが、ローンの目的はその購入であるから、人々が購買力以上の所有物を持てば、その帰結は破産の連鎖反応である。

他方で、通貨量が内在的に固定されると、ローンは極めて稀なことになる。1913年にアメリカで連邦準備金制度が作られる以前は、購入行為の大半は、たとえ家でも現金で行われた。価値が固定された通貨、あるいは、価値が増える通貨の意味は重要である。退職に備えて投資信託に投機する必要がなくなる。購入に備えてお金を節約するのみである。これは金融メディアでは「蓄蔵(hoarding)」と呼ばれるが、それを言えば、退職基金も同じことである。本質的に節約とは、物資・資源・時間の消費を遅らせることを意味し、それにより、新たな設備に投資する会社も含め、現在の生産性を改善することができる。後に退職金を受け取れるのは、この消費の延期による。貨幣概念は大半の人のイメージよりもずっと抽象的である。

サトシ・ナカモト 2009年12月13日 午後04時51分25秒

それではサトシの投稿をみていこう。

(注:斜体部分は、サトシ以外の者の質問を指す)

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Re:数点の提案

The Madhatterは書きました:

「ナチュラル・デフレ」(私はそう呼んでいます)について手短に質問があります。使われていない古いアドレスに送金できることに気づきました。本質的にコインは返金請求ができません。これによってナチュラルなデフレ(通貨収縮)効果が生まれませんか? つまり、コインの採掘上限の2100万に達したら、コインの総数が支払エラーによって徐々に減っていきませんか?

UI無しで稼働させるランタイムのコマンドライン・スイッチが考えられます。必要なのはメインウィンドウを作らないことだけです。簡単な方法は、ui.cppで、pframeMain→Showとptaskbaricon→Showを無効化することです。ネットワーク・スレッドはUIがなくても関係ありません。他に残る唯一のUIは、ディスク容量がなくなった際のCheckDiskSpaceのメッセージボックスです。

それと通信して動作を行わせる別個のコマンドライン・ユーティリティです。どう呼んだらいいか分かりませんが、「ナチュラル・デフレ」・・・、私はこの呼び方が気に入っています。はい、支払ミスやデータ喪失が原因となってナチュラル・デフレ(自然な通貨収縮)が起きます。最終的にコインの産出速度が遅くなると、ナチュラル・デフレが上回り、純粋なデフレ(純粋な通貨収縮)になるでしょう。

以下、二番目の会話が続く。

Re:絶えるビットコイン

サトシ・ナカモト 2010年06月21日 午後05時48分26秒

こんにちは、

ウォレットを(ディスクの故障などにより)失ったら取り戻せないんですね?

つまり、誰かがコインを失うと、その分は永久に失われるのですね。すると、ビットコインのネットワークは時間が経つと徐々に縮んでいきますね(ウォレットをなくす人はいつの世にもいるのですから)。

TIA

仮想コイン

コインの喪失が発生するとみんなのコインの価値が少し上がります。コインの喪失とはみんなへの寄付、と考えて下さい。

引用:laszlo 2010年06月21日 午後01時54分29秒

でも、私が気がかりなのは、ある点を越えて新規コイン生成の難易度が高くなると、喪失コインの鍵の回復や他人のコインの盗難を試みる方が、はるかに合理的になるのではないか、ということです。現在の難易度はとても高く、生成する方がずっと合理的ですが、現実の数字がどんなものか、気がかりです。もっと生産的になりますか? たぶんこの点はサトシが回答できると思います。

この問題が起きる前に、コンピューターが今よりもおよそ2^200 、高速になっている必要があります。多大なコンピューターパワーを保有する人は、盗むより生成した方が多くのお金を獲得できます。

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解説

ビットコインは秘密鍵を有する人のみが送金できるシステムであり、したがって秘密鍵を失うとその秘密鍵に紐づいた資産には永久にアクセスできなくなります(正確には、暗号を解けばアクセスできますが、サトシが言うようにコンピュータが非常に高速になる必要があり、現実的ではありません)。

このような喪失は、デフレ圧力となります。実質的に通貨を償却するのと同等だからです。ビットコインの生成枚数は最終的にはゼロになるので、本文にある通り、最終的にはビットコインにはインフレ圧力はなくなりデフレ圧力のみ残ります。この傾向が、ビットコインの価格が長期的に上がり続けるという説の一つの根拠となっています。

小宮自由

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小宮自由

東京工業大学でコンピュータサイエンスを学び、東京大学ロースクールで法律を学ぶ。幾つかの職を経た後に渡欧し、オランダのIT企業でエンジニアとして従事する。その後東京に戻り、リクルートホールディングスでAI(自然言語処理)のソフトウェア作成業務に携わり、シリコンバレーと東京を行き来しながら働く。この時共著者として提出した論文『A Lightweight Front-end Tool for Interactive Entity Population』と『Koko: a system for scalable semantic querying of text』はそれぞれICML(International Conference on Machine Learning)とACM(Association for Computing Machinery)という世界トップの国際会議会議に採択される。その後、ブロックチェーン業界に参入。数年間ブロックチェーンに関する知見を深める。現在は BlendAI という企業の代表としてAIキャラクター「デルタもん」を発表するなど、AIに関係した事業を行っている。 https://blendai.jp/ https://twitter.com/blendaijp

東京工業大学でコンピュータサイエンスを学び、東京大学ロースクールで法律を学ぶ。幾つかの職を経た後に渡欧し、オランダのIT企業でエンジニアとして従事する。その後東京に戻り、リクルートホールディングスでAI(自然言語処理)のソフトウェア作成業務に携わり、シリコンバレーと東京を行き来しながら働く。この時共著者として提出した論文『A Lightweight Front-end Tool for Interactive Entity Population』と『Koko: a system for scalable semantic querying of text』はそれぞれICML(International Conference on Machine Learning)とACM(Association for Computing Machinery)という世界トップの国際会議会議に採択される。その後、ブロックチェーン業界に参入。数年間ブロックチェーンに関する知見を深める。現在は BlendAI という企業の代表としてAIキャラクター「デルタもん」を発表するなど、AIに関係した事業を行っている。 https://blendai.jp/ https://twitter.com/blendaijp

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