日本におけるイーサリアムの普及とローカルコミュニティの重要性
日本人起業家としてグローバルに活動するPG LabsのCEOである田上智裕氏と、Ethereum Foundation(イーサリアム・ファウンデーション、以下:EF)でAPACのエンタープライズをリードするMo Jalil氏。日本のイーサリアムコミュニティの現在地、EFの新たな取り組み、そして今後の協働のかたちについて、両者が率直に語り合った。
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対談:イーサリアム・ファウンデーション Mo Jalil × PG Labs 田上智裕
田上:Pheasant NetworkとPG Labsの創業者である田上です。今日は、私たちの取り組みとEFの動きが強く重なる部分について、じっくりお話しできればと思います。
Pheasant NetworkはAIを活用したインテント(Intent)指向のインターオペラビリティプロトコルであり、EthereumのLayer 2を中心にサポートしています。2022年Q3にはLayer2カテゴリにおいて世界で唯一、EFのgranteeに選ばれました。Layer2特化の学習プラットフォーム「L2 Learn」も運営しています。もう一つのPG Labsは、日本拠点のWeb3スタジオとして、世界中で愛される”Public Goods”の創出を目指して活動しています。
それ以前には、Proof of Learning(PoL)を立ち上げ、2022年に日本初となるEth2 Staking Community Grantに採択されました。今日はEFのAPACエンタープライズを率いるMoのお話を、日本の文脈で聞けることがとても楽しみです。Moいつもありがとうございます。
Mo:こちらこそ光栄です。Tomo、今日はよろしくお願いします。
1. 自己紹介と日本との関わり、 EFの新クラスター「EcoDev」とは
田上:まずはMoの自己紹介から。EFでの役割、日本コミュニティとの関わりを教えてください。
Mo:EFのAPAC Enterprise Leadとして、企業や研究機関への導入とプライバシーインフラに取り組んでいます。EnterpriseとPSE(Privacy & Scaling Explorations)の共同チーム「Institutional Privacy Task Force(IPTF)」も共同リードしています。
個人的にも日本には長く関わっており、東京での研究レジデンシー、大学との連携、金融機関とのパイロット検討支援などを進めてきました。日本のコミュニティは思慮深く技術的にも成熟しており、アジアにおけるプライバシー・セキュリティ・オープンソースの推進拠点だと捉えています。
田上:EFは一枚岩ではなく、多層のチームや取り組みが並走するチームですよね。最近発足した「EcoDev」についても教えてください。
Mo:EcoDev(Ecosystem Development)は、EFとエコシステムの協働を強化する新クラスターです。オープンソース技術を現実のアプリケーションへ橋渡しすることが主な役割で、研究・コミュニティ・企業連携をつなぐハブのような存在です。教育やハッカソン、ワークショップなどを通じてエコシステムの開発者基盤を厚くし、適切なチーム・開発ツールへの導線づくりや、長期的パートナーシップを醸成するためのハブとしての機能も担います。今後は日本へのフォーカスもさらに高めていきます。
田上:エコシステムがあるからEthereumは強い。EFが長期にわたって開発者・研究者を第一に置いてきたからこそ、この一体感が生まれたと感じます。私はこれまでに様々な国の活動に顔を出してきましたが、EF主催でもローカル主催でも、同じ方向を見ている人が集まる。これは本当に再現性のない価値のあることだと思います。
2. 日本コミュニティの個性と強み
田上:日本の暗号資産・Ethereumコミュニティをどう見ていますか? 他国・地域と比べた独自性は?
Mo:原則に忠実で、革新性と同じぐらい安全性や正確性・倫理に重きを置く点が特徴だと感じています。暗号学の研究からゲーム、デジタルIDまで、学術的厳密さと創造的実験が共存しています。慎重で思慮深い一方、継続性が高い。その安定感が優れた研究者や技術貢献を生み、世界中のチームから信頼される理由になっていると思います。
田上:日本人として共感しますし、とても誇らしいことです。コミュニティファーストや職人性は、日本の価値観と重なります。Ethereumエコシステムでそのような価値観が浸透しているのは、間違いなくAyaさん(President of EF)の存在が大きいです。
一方で自己完結が進みサイロ化した結果、グローバルとの連携が弱まっていることを懸念しています。日本は独自の文化と言語を持ち続けますが、それでもエコシステムのハブになってほしい。EFはその橋渡しができる立場ですよね。
Mo:同感です。日本には世界水準の研究者や企業があるのに、縦割りになりがちだと感じています。EFは横串となる「結合組織」になれる。様々な分野を横断した研究支援、企業が採用しやすいオープン仕様、物理・デジタル双方の協働空間づくり、そしてプライバシー技術の教育に投資しています。
3. 日本におけるアダプションを押し上げる要因と「Japan Working Group」
田上:日本でEthereumのアダプションを押し上げる要因は何でしょう?
Mo:二つあると考えています。
一つ目は大企業による実証実験。金融からゲームまで、プライバシーとコンプライアンスを意識したEthereum活用が進んでいます。二つ目はオープンスタンダードとの親和性です。協調性や透明性・長期的な信頼性を重視する日本のエンジニアリング文化は、Ethereumの理念と非常にマッチしています。
この二つが重なるところで、トークン化された金融(Tokenized Finance)、オンチェーンIP、検証可能な証明書(Verifiable Credentials)などへの関心が高まっています。
田上:資産のトークン化やオンチェーンIPは日本にフィットする分野ですね。日本におけるEthereumの普及のために、今後EFが取っていく具体策を教えてください。
Mo:多層的に進めます。まずは「Japan Working Group」を組成し、リーダー・開発者・研究者・スタートアップと連携して、日本の声をグローバルに届けます。次に、企業・規制当局との対話を深め、トークン化資産、ステーブルコイン、プライバシー対応のコンプライアンスに関する枠組みを整備します。さらにコミュニティ支援も重要です。日本の開発者グループやローカルプロジェクトに対して、グラントやオープンソース支援・発信のサポートを行います。
田上:規制当局・金融機関との対話は日本では不可欠ですね。EFが日本における草の根のコミュニティを尊重し、支援者として関わる姿勢はとても重要だと思います。
Mo:まさにそこです。長期的な健全性はグラスルーツ(草の根)に宿ります。具体的には、ZKサーキットやプライバシー志向のスマートコントラクト、応用暗号学のハンズオンを、大学の教授や学生団体と組んで展開していきたいと考えています。
EF支援の枠組みでローカルのミートアップ運営を後押しし、コアの貢献者とのコラボレーションも促したいです。技術資料やイベント内容の日本語化で参入障壁も下げられたらと考えています。EFは「指揮官」ではなく「協働・支援」に徹します。
田上:ETHTokyoを主催するEthereum Japan、ZKの研究開発に取り組むZK TokyoやNyx Foundation、Layer 2のBase Japanなど、すでに熱量の高いコミュニティが日本には存在します。私もDevcon/Devconnect参加者のオンラインコミュニティを立ち上げましたが、現在までに150名ほどが参加しています。
4. 有望な分野:金融・ゲーム/クリエイティブIP・公共財とID
田上:Ethereumのアダプションを考える上で、日本で特に有望な産業分野は何かありますか?
Mo:まずはやはり金融ではないでしょうか。トークン化資産、ステーブルコイン、決済の領域で普及が進んでいます。IPTFが進めるプライバシー保護のスタンダードは、Ethereumでの実装が鍵となります。
第二にゲーム/クリエイティブIPの領域です。日本には、世界に誇るスタジオやクリエイターがいるので、デジタル所有権やロイヤリティ、グローバルなインターオペラビリティの分野でEthereumを活かせると考えています。
公共財とデジタルIDも重要な分野です。日本におけるデジタル化の文脈で、VC(Verifiable Credentials)やアテステーション標準は、国境を越えたトラストレイヤーの基盤になり得ます。
田上:金融領域では、ステーブルコインのJPYCが大きな注目を集めていることはMoもご存知だと思います。ID文脈だと日本ではマイナウォレット(MynaWallet)のような取り組みが進展していますし、ZK Emailにも日本人開発者が深く関与していました。日本は安全性や正確性・倫理を重んじるので、プライバシーとIDの領域で世界をリードできる素地があると思います。
5. 日本発の取り組みがグローバルに与える影響
Mo:日本のチームは、短期的な取り組みよりも、プロトコルのセキュリティや暗号技術、ガバナンスの思想的なリーダーシップに深く貢献する傾向があると感じています。世界的にプライバシーやID、規制への適合性が重要になるほど、日本の規律ある姿勢はEthereumを個人と企業の双方にとって重要な存在へと導きます。
田上:短期より中長期を重んじる姿勢は、Ethereumを社会インフラとしてのPublic Goodsに育てる上で不可欠です。その考えが日本から世界のコミュニティへ広がれば、Ethereum全体の成熟も加速するのではないでしょうか。EFにはぜひ日本での取り組みを強化してほしいです。
Mo:日本での強化は、グローバル標準に厳密さや信頼性を生み出すことにつながり、エコシステム全体の利益になります。
6. 日本から貢献したい人へのアドバイス
田上:Mo、今日は貴重なお話をありがとうございました。私自身もEthereumエコシステムの一員として、一緒に未来を考えることができて楽しかったです。最後に、Ethereumに貢献したい日本の開発者・起業家・コミュニティビルダーに向けて一言お願いします。
Mo:「小さく、今すぐ始める」。これに尽きると思います。
積極的にローカルコミュニティやミートアップに参加して、グローバルへの入口を開きましょう。開発者であれば、EFやPSE、各クライアントチームのリポジトリへの小さなドキュメント修正からでも構いません。たとえば、私たちが公開したIPTFのマーケットマップへのコントリビュートも歓迎です。
国境を越えたコラボレーションは最高の学びです。オンラインでもいいですし、ETHTokyoのようなイベントを通じてグローバルに触れてみてください。Ethereumは「show up」する人が創っています。日本には、世界に影響を与える準備の整ったビルダーがすでに数多くいると思います。
田上:日本には、開発者でもビジネスパーソンでも初心者でも、Welcomeでオープンなコミュニティがそろっています。エコシステムの一員として、まず一歩踏み出してみてください。今日はありがとうございました。
Mo:Tomo、こちらこそ今日は素晴らしい機会をありがとうございました。
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この記事/連載について
この記事は PG Labs による寄稿コンテンツです。今後もイーサリアムとL2にフォーカスし、多数のプロジェクトのプレイヤーや有識者のインタビューや対談コンテンツを掲載していきます。