九州電力の「デジがろ」、NFTアートに“本物のキュレーション”を
福岡県未来ITイニシアティブが、福岡県を拠点にWeb3を活用し事業を行う企業へインタビューをお届けする連載企画。今回は九州電力で新規事業としてデジタルアートNFTのキュレーションプラットフォーム「デジがろ」の事業を立ち上げた、大浦彩音氏と中村康平氏を取材した。
インタビュー:九州電力 大浦彩音/中村康平
──お二人は九州電力でどのようなお仕事をされているでしょうか?
大浦:私ははじめは営業所勤務から、新規事業立ち上げをサポートする部署、ESGの部署を経て、現在は広報の仕事をしています。主には「エネルギー広報」と呼ばれる領域で、いろいろな発電所の仕組みや、発電所に関する不安や疑問に対してコミュニケーションを届けて発信していく、そんな仕事をしています。

中村:私は入社してからずっと総務系の部署で仕事をしています。地域の経済振興や活性化、サステナビリティ経営の推進など、そういった領域の仕事を歴任してきました。

──そんなお二人が新規事業として、デジタルアートNFTのキュレーションプラットフォーム「デジがろ」を開始された経緯を教えてください。
中村:九州電力グループでは、「i-PROJECT」というイノベーションを生み出す社内プロジェクトがありまして、その中の一つのメニューとして「i-Challenge」という制度があります。これは九電グループ内で新規事業を公募して、アイデアを出して、審査を重ねながら事業化につなげていくという仕組みです。
私たちが取り組んでいる「デジがろ」は、その「i-Challenge」にエントリーして採択されたプロジェクトです。社内的には本業とは別に兼業として進めています。2年前にエントリーして、審査過程を最後まで通過し、今は仮説検証・実証実験のフェーズまで進んでいます。
──なぜアート×NFTの領域に挑戦しようと考えたんでしょうか?
大浦:私はもともと大学院まで現代彫刻を学んでいまして、その中で学芸員の資格も取得していました。その資格を活かした新規事業ができないかと考えていたタイミングで、日本でもNFTがブームになっていたんですよね。
NFTのおかげでデジタルアートも「NFTアート」として売買され、盛り上がってきているのを見ながら、一方でまだまだ一般的なアート業界と違ってアートそのものに対するキュレーションは行き届いておらず、アートの価値ではなく単に投機的な意味だけでバズってると感じました。そこでNFTアートの分野に、学芸員のアートの価値を見出し言語化するスキルを活かせるサービスを考えて、社内応募したんです。

中村:私もNFTが当時流行していたので、NFTに関連した事業案を応募していました。そうしたら事務局から大浦の案と親和性が高そうということで、二人で共同応募してみないかとフィードバックをもらいました。それまで大浦と面識はなかったのですが、話してみるとバイブスも合いそれで二人で「デジがろ」のアイデアを固めて、再度応募することになりました。
大浦:そして「デジがろ」は、社内の審査を複数回通過して、仮説検証を経て、今の実証実験フェーズに進ませてもらいました。今年6月にSBIグループのSBINFTさんとの提携も決まり、実際に現在は学芸員がキュレーションした複数の1点モノのデジタルアートNFTを「デジがろ」のwebサイトで販売中です。
──実際に販売をスタートしてみて、反響はいかがですか?
大浦: NFTを買っている人たちと既存のいわゆるアートコレクターの層はあまり重なっていないのではないか、という問題意識がありました。
だから、これまでアートコレクター向けに美術の価値を言語化してきた学芸員という存在がNFTアートにも関わることで、デジタルアート/NFTアートの「芸術的価値」をきちんと確立できればいい、そうすれば過剰な価格の乱高下なども防げるのではないか、という想いで立ち上げたプロジェクトでした。
サービスをローンチしてみて、おかげさまでこのコンセプトはアートコレクターの方々には、かなり響いたという実感があります。またデジタルアートのアーティストらからも、ちゃんと美術の枠組みで捉えた販売の場を作ったことを評価いただけています。
一方で、購入者はまだまだ少ないというのが正直な現状です。
中村:実証実験のフェーズなのでPRする予算がなく、「デジがろ」のこと自体をまだ知られていないということもあるかもしれないです。だから今後も今回のようなメディアでの露出やアーティストも交えたイベントなどを計画して、認知をまず広げていきたいです。

──NFTを販売してみて実感した課題はありますか?
中村:やはりNFTは、購入のハードルがまだまだ高いと感じています。実際は難しくないのですが、皆さんなじみがないのですね。デジがろサイトの作品を知り合いなどに勧めてみるとみんな「買う」と言ってくれるんですが、実際その場で買ってもらおうとすると、「ウォレットって何?」みたいなところでどうしても躓いてしまう人が多かったんです。
もちろん「デジがろ」が連携しているSBINFTさんは、カード決済もできてかなり便利で使いやすいプラットフォームだと思います。ただ「NFTやブロックチェーンって何?」という人には、まだまだ難しいと感じるようです。
大浦:あとNFTアートを「所有する」という感覚がないと、価値として腑に落ちにくい点もまだまだ課題かと思っています。さらに言えば所有体験としての楽しみ方を実現できる場所がないというのも課題。そういう環境が沢山ないと、「買ったけど、で?」となってしまう。
昔はX(旧Twitter)でNFTを紐つけたら六角形のプロフィール画像にできるというサービスがありました。残念ながら終わってしまったんですが、あのように持っていることで何かできるという環境が現時点で少ないと感じています。

中村:所有価値を可視化が難しいので、NFTバブルが一度去ってしまった今、現状はNFTに体験や現物を特典にセットするような取り組みが増えていると思います。私たちも今後そういったことも考えていかなければいけないと思っています。
大浦:ただインセンティブの証明書の代わりにNFTを使うこともいいんですが、それだとデジタルアートそのものの価値としての流通が難しいので、私が目指したい世界とは少しズレていくとも感じていて、本当に難しい部分です。
──お二人はずっと九州・福岡でお仕事をされてきましたが、Web3など新しいことをやる上で地域としての福岡の優位性は何だと思いますか?
大浦:福岡には「のぼせもん」という言葉があります。博多弁で「お調子者」といいますか、「何かに夢中になる人」や「熱くなる人」を指す言葉です。確かにずっと福岡で暮らしていて、みんな新しいものや楽しいことが好きで、目立ちたがりです。その気質はWeb3など新しい取り組みに挑戦するのにもマッチしていると思います。
中村:私も完全に「のぼせもん」です、飲み会でもすぐ目立ちたがるし(笑)。「”新しい”という時点でもう価値がある」「おもろそうやないか」というノリはかなり強いと思います。あと福岡は若者も多いですよね。「のぼせもん」の若者が多い、だから福岡のITスタートアップも元気なんだと思います。

大浦:それから行政のバックアップがすごく手厚いです。私たち自身もテクノロジーやアートのことで困ったら県庁さんや市役所さんにまず相談に行こう、という感覚を持っていましたし、実際に相談にのっていただいています。実は「PR費用がないので何か機会ないでしょうか?」と福岡県庁さんに相談したところ、今回の取材の機会(本記事の取材)をいただけたんです。
アートに関しては福岡市がかなり力を入れていて、場所もコミュニティも持っているので、「学芸員を紹介してください」「アーティストを紹介してください」と何かと相談しています。このように色々とビジネスを行政に相談ができるのは、全国的に当たり前のことだとずっと思っていたんですが、最近他の自治体の方の話を聞いたりすると、そうでもないみたいです。すごくありがたい環境です。
──「デジがろ」を今後どのように拡大していきたいですか?
大浦:年内に実証実験の結果を以って、最終的な事業化の判断が下される予定です。まずはそこを通過して、本格的な事業化を目指したいです。
その上で、「デジがろ」では引き続き、アーティストと学芸員の方を募集しています。アーティストの方は一定の審査をさせていただきますが、学芸員はまず資格をお持ちの方であれば、ぜひ関わっていただきたいです。
中村:「学芸員資格は持っているけれど、働き先がない」という方が毎年どんどん増えている、という問題意識があります。「デジがろ」は、そういった方々に少しでも収益や経験の機会を提供したいという、ソーシャルビジネス的な色合いも持ったプロジェクトです。
大浦:私も学芸員の資格を持っているので分かるのですが、中村が言ったように働き先が資格保有者の増加に対して、本当に少ない。どの自治体でも美術館とか博物館がどんどん増えていくわけではない現状です。だから私のように学芸員の資格を持っているけれど、一般企業で働いている人が多いんです。
もちろん私たちからお声がけしていきたいんですが、学芸員資格者を一元管理する協会のようなものもないし、そんな方々はそもそも学芸員として働いていないので、なかなか探すのが難しいんです。だから是非ともご興味あればお気軽にお声がけいただきたいです。

中村:NFTバブルは終わったと言われていますが、私たちとしてはNFT、ブロックチェーンには引き続きデジタルアートの価値を可視化できるポテンシャルがあると思っています。だから「デジタルアートの本当の価値を伝える場」として、この福岡から世界に「のぼせもん」としての挑戦を続けていきます。
大浦:「デジがろ」をこれから大きく育て、九電グループとしてもNFTやWeb3に今後どんどん挑戦できる“素地”にできたらと考えています。
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取材/編集:設楽悠介(あたらしい経済)
写真:堅田ひとみ
取材場所:福岡県未来ITセンター