電気自動車や自動運転車の未来にブロックチェーンは必要なインフラ技術
福岡県未来ITイニシアティブが、福岡県を拠点にWeb3を活用し事業を行う企業へインタビューをお届けする連載企画。今回は福岡県での取り組みを検討中のトヨタ・ブロックチェーン・ラボの岸本隆平氏と、その構想をサポートする福岡県飯塚市を拠点にブロックチェーン関連の開発を行うchaintopeの正田英樹氏を取材。2社が取り組もうとしている構想内容や、電気自動車や自動運転車の未来とブロックチェーン活用の可能性などについて語っていただいた。
トヨタ・ブロックチェーン・ラボ 岸本隆平 / chaintope 正田英樹
──トヨタ・ブロックチェーン・ラボという組織とその活動について教えてください。
岸本:トヨタ・ブロックチェーン・ラボは、トヨタグループにおけるブロックチェーン活用の促進を目的に、2019年に設立されたグループ横断のバーチャル組織です。グループ内外の事業者と連携し、ブロックチェーンの活用用途の検討や概念実証、ビジネス実装に向けた検証等を推進しています。

その活動の一環として、2024年にテックペーパー「MOA(Mobility Oriented Account):モビリティをパブリックブロックチェーンに登場させるには?」を公開しました。
そして今年8月に、テックペーパーの第2段となる「MON(Mobility Orchestration Network):モビリティエコシステムに信頼を編み込む」を公開しました。「MON」は、モビリティエコシステムを統合するためのブロックチェーンプロトコルで、車両の登録・保険・税金・整備・監査などの複数主体による関係性をデジタル表現し、モビリティアセットの価値流通を促進することを目的としたものです。今後は多様なネットワークとの接続、技術的選択肢の拡大、標準化コミュニティへの貢献を通じて、MONのコンセプトの具体化を進めていきます。
──chaintopeの取り組みを教えてください。
正田:chaintopeは福岡県飯塚市を拠点とする、ブロックチェーンに特化した開発企業です。2015年にビットコインのネットワークを活用した電子投票システムを作って実証実験を実施したのがきっかけでこの領域に注目し、過去には複数の自治体と地域通貨の研究を進めてきました。

そして2019年に「タピルス(Tapyrus)」というエンタープライズ向けのブロックチェーンを自社開発し、オープンソースで提供しています。そして現在は、「タピルス」を活用した「ブロックチェーン×トレーサビリティ」の領域に主に注力しています。
福岡県が誇るブランドいちご「あまおう」の輸出トレーサビリティ実証実験を皮切りに、飯塚市さんと住民票や所得証明書など行政文書の交付にブロックチェーンを活用する実証実験や、九州工業大学さんとの電力トレーサビリティの実証実験、三菱ケミカルさんとケミカルリサイクルのサプライチェーンを想定したトレーサビリティシステムの実証試験など、多数の取り組みを実施してきました。
──そんなトヨタ・ブロックチェーン・ラボさんとchaintopeさんで、福岡での協業の構想があるとのことですが、具体的に何を検討されているんでしょうか?
岸本:BEV(バッテリー電気自動車)の地域実装に関する実証実験を、福岡でchaintopeさんと実施できないかと構想しています。
BEVは、環境が整えば非常にコスト効率が高いものです。そしてある程度の台数が、ある程度のエリアにまとまって走りはじめると、コストが大きく下がるタイプのモビリティです。またそもそも環境にやさしいモビリティであるためには、その地域の再生可能エネルギーの割合を高めていく必要もあります。
さらにそのBEVが特殊なのは、電力インフラとつながる点です。電力グリッドとつながり、EVを使っていない時には電力グリッドへ放電し、電力需要の少ない時に蓄電する。金融でいうアービトラージのような仕組みが、電力でできるのです。つまりBEVは、自動車としての価値と、取引によるプラスの収益機会を生み出しうる、新しいタイプのアセットとも捉えられます。
こうしたBEVは、前述の通り、一定の地域でまとまって導入されるとメリットが拡大します。でもそれには「インフラが整っている」「自然由来の電力が整備されている」など、さまざまな条件が必要です。
その条件をクリアしていると考えられる地域の1つが福岡です。さらにすでにchaintopeさんが、九州工業大学でブロックチェーンを活用した、電力トレーサビリティやEVの実証実験を実施してきた実績があります。まさに私たちとしても、やりたいことに近い取り組みがすでに行われている環境がそこにある。そういった条件が重なって、今回の構想の検討に繋がりました。

──そのchaintopeさんの九州工業大学での取り組みについて、詳しく教えてください。
正田:九州工業大学をフィールドに実施したのは、ブロックチェーンを活用した「再生可能エネルギーをできるだけ使って電力をまかなう」という実証実験です。どれくらい再エネでまかなえたかを計測し、その自家利用分を環境価値として「J-クレジット」などと交換できる仕組みを構築しました。
また夏の暑い日や冬の寒い日など、エアコン需要で電力が足りない時期に「学内の電力使用を抑える」実証も行いました。大学は部屋が多く、授業をしていない教室や、一人しかいない研究室でもエアコンがフル稼働しているケースが多い。そこで学内の人たちがコワーキング的なスペースに集まり、電力消費を抑えてくれたら、学内通貨を付与する。トークンインセンティブを活用した省エネ推進の実証実験も実施しました。
さらにお話に出たBEVです。九州工業大学には戸畑・若松・飯塚と3キャンパスがあり、学内便として毎日BEVがぐるぐる周って、郵便や書類を運んでいます。そのBEVを対象に「どれくらい再エネで充電し、どんな需給バランスになるか」をトレースしました。
ここまでが福岡県の「電力の地産地消トレーサビリティ証明モデル」事業として採択された取り組みです。
そして前述の通りEVの実証もしましたが、それはモビリティ側のパートナーがいない状況での取り組みでした。その部分をトヨタ・ブロックチェーン・ラボさんと組んで実施して、九州工業大学のキャンパス内にとどまらず、飯塚という地域にさらに拡大していけないかと構想しています。

──この構想が実現した場合、トヨタ・ブロックチェーン・ラボさんとしてはどのようなデータを取得して、次に展開していきたいとお考えですか?
岸本:実証を通じて、実際にBEVがどう使われ、電力インフラにどの程度貢献できるのかを示せるデータを取得したいと考えています。
飯塚や九州工業大学のエリアでBEVをたくさん使ってもらって、そのエネルギーは再エネをメインにする。再エネが余っている時はできるだけBEVに溜め、足りない時はBEVから出す。そういうことができれば平時にも有用ですし、例えば災害時にはEVが不足する電力を補うような使い方も想定できる。そうしたシミュレーション・実証を実施したいと考えています。
そして理想としては実証実験だけで終わらせず、例えば九州・福岡・飯塚モデルのような、一定の規模でBEVが使われやすい地域モデルをつくりたい。
欧州や中国などでは特定地域に電力グリッドを敷き、その中でBEVが走る状況をすでに作りはじめていますが、日本ではまだ島しょ部など一部を除き、そうした場所がありません。まず今回の取り組みを実現させて、その足がかりにできればと考えています。
正田:例えば福岡市中心部は都会で、車がなくても生活できる地域です。でも飯塚市での生活では車は必須。その上で、それなりの人口がいる、めちゃくちゃ田舎ではなく、「ちょっと田舎」である、そういったエリアが飯塚市だと思っているんです。そのバランスを考えると、飯塚は構想している実証実験にちょうどいい地域だと考えています。

──構想が実現するのを楽しみにしています。さらにその先の未来の話をしたいのですが、お二人はモビリティの未来にブロックチェーンがどのように連携していくと考えていますか?
正田:先ほど岸本さんがBEVをアセットと表現されていましたが、これからBEVが普及していき、さらに自動運転機能がついていくと、まさにアセットとしての色合いが強くなっていくと思います。
まず自動運転車が本格化すると車が「一人一台の所有」である必要がなくなってくる。自宅の駐車場に停める必要もなくなり、乗りたい時だけ呼び出して乗る、ということが実現するわけです。
ただ自動運転車は高価になりますよね。そこでそれを動産信託などの証券化手法で小口化し、「みんなで持つ」という形が広がるのではと思っています。移動手段としての機能も複数人でシェアするし、アセットとしてもシェアするイメージですね。
そしてBEVの燃料となる電力エネルギーのマネジメントの仕組み自体にもお金がかかる。従来は資金力のある会社が1社で投資していましたが、これからは再エネ発電所やEV充電設備なども含めて、設備自体を小口証券化し、参加者から集めることも考えられます。
そのマネジメントによる収益を、出資者に少しずつ配分される仕組みを作れれば、「車のネットワーク」と「エネルギーのネットワーク」の両方を小口証券化できる。そこにおいて、どのくらい利用があったか、電力ならどれだけ発電したか、といった実績値をトレースする必要があり、そこでブロックチェーンが真価を発揮すると考えています。
再エネの「J-クレジット」的な価値も出せますし、車の走行距離やメンテナンス履歴など、車自体の価値を担保するトレーサビリティにもブロックチェーンを使える。これがブロックチェーンらしい使い方だと思います。

岸本:私たちがMOA・MONのテックペーパーで表現しているのは、究極的には自動運転車1台が「独立した株式会社」のような存在になるということです。バランスシートを持ち、走ることで収入があり、修理や燃料代という支出もある。そうなるとなんだか1台の車が“会社”みたいですよね。
ではそれを誰が持つのか? 地域の人々が持つのか、企業が持つのか。モビリティというアセット自体を、社会にどう持ってもらうのか。そこでフラクショナル・オーナーシップや、セキュリティトークンなどで資金調達をして、モビリティになめらかにお金を流していくという発想が出てきます。
ただ、モビリティは不動産と違って「動産」です。動くものを追いかけてトレースしつつ、プライバシーを守りながら、情報を金融市場側にオープンにし、どうお金を流し、その稼働を信頼性をもって跳ね返していくのか──そのためのトラストネットワーク層が必要です。それにやはりブロックチェーン技術をうまく活用する必要があると思っています。

──「モビリティ×ブロックチェーン」の取り組みにあたっての、福岡や九州という地域にどんな魅力やメリットがあると考えていますか?
正田:まず福岡には飯塚以外にも車がないと生活に困る地域が多いですし、九州全域で考えてもそういったところが多いです。福岡から入って九州全域に拡大していくというロードマップも検討しやすい。
またエネルギーの観点でも、九州は太陽光電力が余っているんです。特に4〜6月は九州電力さんが「買い取れない」というほど、安価で売られる電力もある。そういった電力をうまく活用すればエネルギーコストをかなり下げられる可能性があります。
モビリティとエネルギー、その双方をマネジメントするフィールドに、福岡・九州はとても向いていると思います。
岸本:九州は日本の中でも特殊な場所だと思います。アイデンティティが非常に強く、地理的にも恵まれている。経済規模も“ちょうどいいサイズ”です。
新しいことにチャレンジしていく地域性もある。例えばシェアサイクル用自転車を提供するチャリチャリさんも福岡の企業ですが、先ほど話に出た動産信託による証券化の取り組みもはじめていますよね。
まさに福岡は、新しい取り組みをスタンダートにしやすい地域だと思います。だからまずは福岡から、chaintopeさんの構想を実現し、それをモビリティとブロックチェーンのモデルケースを日本に広げていきたいと考えています。
関連リンク
・トヨタ・ブロックチェーン・ラボ公式サイト
・chaintope公式サイト
「福岡県ブロックチェーンフォーラム2025」12/22開催

福岡県および福岡県未来ITイニシアティブ主催のイベント「福岡県ブロックチェーンフォーラム2025」が、12月22日(月)に福岡市のONE FUKUOKA BLDG.で開催される。イベント当日はブロックチェーンや暗号資産などWeb3領域のトップランナーが福岡県に集結する。大阪・関西万博で人気を博したパビリオンの裏側や今話題のステーブルコイン、自動車業界でのトレーサビリティ、スポーツ業界でのコミュニティなどをテーマに、登壇者らがブロックチェーンの最前線と未来について語り合う。またFUKUOKA学生ビジコン2025の優勝者のプレゼンや、県内企業らのピッチ登壇、さらにネットワーキングも開催される。なお「福岡県ブロックチェーンフォーラム2025」はリアル会場およびオンライン配信のハイブリッド開催となる。参加費は無料。是非ともご興味ある方はチェックいただきたい。
→「福岡県ブロックチェーンフォーラム2025」の詳細とお申し込みはこちら
福岡県未来ITイニシアティブについて
福岡県未来ITイニシアティブは、「新しいITを生み出す人やITを活用する人とともに、より豊かに生活できる未来を創造する」を理念としています。福岡県には、ITを活用した製品・サービスの研究・開発を行う企業・エンジニア・大学等が多数集積しています。これらのITに関わるすべての人とともに、新しいITの創出と活用の促進、起業家やエンジニアが協力して挑戦を続ける環境づくり、未来のIT産業を支える人材の育成を行い、県内のIT産業の持続的な発展を目指します。
あたらしい経済内の特設ページでは、ブロックチェーン関連を中心とした福岡県未来ITイニシアティブの取組みや福岡県内のブロックチェーン関連企業のご紹介などを掲載していきます。
→福岡県未来ITイニシアティブ WEBサイトはこちら
→公式Xはこちら
取材/編集:設楽悠介(あたらしい経済)
写真:堅田ひとみ
取材場所:福岡県未来ITセンター