ファッション業界のブロックチェーン活用、偽造品対策やエシカル消費への取り組み

特集 ブロックチェーンとトレーサビリティ

はじめに

本特集「ブロックチェーンとトレーサビリティ」では、これまでサプライチェーンの課題をいかにブロックチェーンが解決するか、そして「紛争鉱物問題」へのユースケースなどを紹介してきた。

今回は世界最大のラグジュアリーファッションブランド企業であるLVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)の取り組みを例にあげ、ファッションブランドが新たな社会に順応すべくブロックチェーン技術をいかに活用しているか、それが今後どのように拡大していくかについて紹介する。

LVMHとは

フランス・パリを拠点とするLVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)は、ルイ・ヴィトンとモエ・ヘネシーが折半で出資し、1987年に設立された持ち株会社である。設立時点での主要なブランドはモエ・エ・シャンドン(シャンパン)やヘネシー(コニャック)、ルイ・ヴィトン(革製品)、ロエベ・インターナショナル(革製品)、パルファン・クリスチャン・ディオール(化粧品・香水)などがあった。

そして1989年にフィナンシエール・アガシュ社系列のクリスチャン・ディオール社がLVMHを買収したことにより、現在へと続く基本的な体制が完成した。

フランス・パリのルイヴィトン(image/iStock:HJBC)

その後同社は買収を続け、現在グループのブランドにはケンゾー(ファッション)、ボンマルシェ(百貨店)、ブルガリ(宝飾品)ティファニー(宝飾品)ジバンシー(ファッション)、セリーヌ(ファッション・革製品)、ゲラン(香水)、ベルルッティ(紳士靴)、クリュッグ(シャンパン)、シャトー・ディケム(ワイン)ドンペリニヨン(ワイン)、ウブロ(時計)、タグ・ホイヤー(時計)などがある。また今年1月にティファニー(宝飾品)がLVMHによって買収され、傘下入りをしている。

LVMHは「ワイン&スピリッツ」「ファッション&レザーグッズ」「パフューム & コスメティクス」「ウォッチ&ジュエリー」「セレクティブ・リテーリング」「その他活動」の6つの事業セクターからなる75のブランドを抱えている。

カルティエなどのブランドを傘下に持つスイスの「リシュモン(Richemont)」グループと、グッチ・バレンシアガ・ボッテガ・ヴェネタなどを傘下に持つフランスの「ケリング(KERING)」グループと並び、LVMHは「世界3大ラグジュアリー・コングロマリット(直接の関係を持たない複合企業体)」と呼ばれている。

高級ブランドの抱えている問題とは

高級ブランドは偽造品の流通に長年悩まされており、昨年8月にも中国上海にてルイ・ヴィトンのバッグの偽造品を製造販売したとして犯罪組織の62人が逮捕され、偽造の為の機材30点、偽造品2,000点、1億元(約15億円)相当・10万点以上の材料が押収された。

このようないわゆる「偽造品ビジネス」は、年間推定4620億ドル(約50.6兆円)相当の市場となっているという報告もあり、LVMHは偽造品撲滅に年1500万ユーロ(約15億円)を投じているとされている。

ルイ・ヴィトンのウェブサイトによると、同社では偽造品・模倣品(以下偽造品に統一)に対しゼロ容認の方針を実施しており、同社の知的財産部では全世界250名のエージェントの協力のもと、商標・デザイン・著作権を含む18,000以上もの知的財産権の管理を行っているという。

また2017年には38,000件以上の反偽造品に関する訴訟手続を世界各地で実施し、犯罪ネットワークの解体、不法機関で働く労働者の苦境の緩和などの成果を収めたとのこと。また同年には6,000を超える不法ウェブサイトを閉鎖し、12万以上の偽造品オークション(競り売り)を打ち切ったとのことだ。

このようにルイ・ヴィトンでは自社のブランドや伝統を守るため、そして長期の存続のために偽造品の撲滅に関する対策に力を入れている。

LVMHが導入したブロックチェーントレーサビリティプラットフォーム「AURA(オーラ)」

そんな問題を抱えるLVMHは、傘下のルイヴィトン、クリスチャンディオールなどの高級ブランドの製品の履歴情報や真贋の検証を消費者が可能にするために、「AURA(オーラ)」の導入を2019年5月に発表した。

「AURA」はマイクロソフト(Microsoft)、コンセンシス(ConsenSys)の協力のもと、イーサリアムを企業向けに活用することを目指したブロックチェーン基盤「Quorum(クオーラム)」を利用し開発されたトレーサビリティプラットフォームである。

消費者は「AURA」によって材料の原産地から販売時点、中古市場に至るまでの製品の情報を追跡出来るようになっており、その商品が正規品であることが確認できる。また製品のお手入れ方法の確認、保証サービスの表示、アフターセールスについても受けられる仕組みもある。なおこれらの情報はブランド公式アプリを使用することで、製品に関する詳細を記載した証明書を入手できる仕組みとなっている。

昨年11月にはLVMH傘下であるスイス高級時計ウブロがすべての時計に電子パスポートと保証システムを導入すると発表しており、その情報が「AURA」のブロックチェーンネットワークに登録がされるという。

ちなみに時計の真正性証明は、時計の生産と同時に写真撮影が行われ、その時計が顧客に販売されると、販売店がウブロの電子保証アプリケーションを使用して時計表面の写真を撮影し、その写真をサーバーに送信して処理、本物であれば保証が有効になるというプロセスになっている。そして最終的に顧客は選択したチャンネル(SMS、電子メール、WhatsApp、WeChat、Instagram、Messengerなど)を通じて、その電子署名を受け取れるとのことだ。

なおこのソリューションは2020年以降に製造されるウブロの全モデルに対応されると発表されている。

ファッション業界とSDGs

偽造品による被害額以外の影響として、ブランドイメージの低下、技術的優位性の低下、取引先とのトラブル、消費者からのクレーム対応があるという。

image/iStock:Dino Geromella

さらにこうした偽造品は犯罪・国際テロ組織への資金供給になるともされており、また偽造品の製造・販売・消費は貧困層をターゲットにしており、劣悪な環境の温床になっているとのことだ。つまり偽造品への対策は2030年の達成を目標としたSDGs実現へも貢献しているといえるわけだ。

なおSDGsの側面からみたファッション業界の問題はこれだけではない。

例えばファストファッションは、価格を抑えるために労働者の人権や環境への影響に配慮せず、コスト重視で服を生産しているメーカーがあることは、市民団体やメディアから告発もされてきた。こうした背景から「エシカルファッション」の考え方が生まれている。

ちなみに2013年にバングラデシュで発生した「ラナ・プラザ崩落事故」は、縫製に関わる労働者の人権に配慮せず起きてしまった象徴的な事故だ。この事故では27のファッションブランドの縫製工場が入っている違法に増築されたビルが崩落し、1,100名以上の犠牲者が出た。犠牲者の多くは、縫製工場で安い賃金で働いていた若い女性たちだったという。

また動物愛護の観点から毛皮動物の飼育や毛皮生産における残虐性が愛護団体から指摘され、グッチやヴェルサーチ、メゾンマルジェラなどのビッグブランドが「ファー・フリー(脱毛皮)」に取り組むことを宣言している。

2004年からパリコレクションの後に「エシカルファッションショー」が定期開催されていることや、2018年からはイタリアの「ミラノ・ファッション・ウィーク」期間中に「グリーンカーペット・ファッションアワード・イタリア」が開催され話題となっている。

こうした状況から「倫理的なファッションを買いたい、着たい」という消費者の要望は高まっており、また企業側も対策を進め、現在ではファストファッションから有名ブランドまで、多くのファッションブランドがエシカルファッションに取り組んでいる。 

ルイ・ヴィトンにおいても、2025年までに製品の100%がエコデザイン(環境配慮設計)に準拠すること、イベントおよびショーウィンドウで使用される材料の100%が再利用またはリサイクルされること、100%責任を持った原材料の調達と2030年までに使い捨てプラスチックの使用率0%にすることなどを掲げている。

以上のようにファッションブランドにおいてもサステナブル(持続可能)な取り組みは求められている状況だ。それは消費者からの要求のみならず、企業が持続可能であるために、これからのブランドイメージの保持には取り組むべき新たな課題となっている。

こういった課題についても来歴証明が行える「AURA」のようなブロックチェーンを活用したプラットフォームを利用することで解決ができるようになる。

企業が透明性を示すことで、これからの社会が求めるエシカル消費に貢献し、ブランド愛着の醸成などを目指せるだろう。

まさに今、業界として既存の問題と新たな課題解決に、ブロックチェーンの技術が必要とされているのだ。

ファッション業界の課題解決にブロックチェーン

4月20日、「AURA」のコンソーシアムにプラダ、リシュモングループのカルティエの参加が発表された。

これはLVMHと同じく世界三大ラグジュアリーコングロマリットである競合のリシュモンが、その取り組みに賛同し、手を組んだことになるのだ。

本来ライバルである企業同士が手を結ぶことができたのは、ブロックチェーンでプラットフォームに参加している企業が開示したくない情報を秘匿しつつ、必要な情報のみ共有できるからではないかと考えられる。

(詳しい解説はこちら「サプライチェーンを変革する、ブロックチェーンのトレーサビリティ」)

またその他にも現在ブロックチェーンを活用した高級品のトレーサビリティシステムは増えている。

監査法人PwC、RFIDソリューションプロバイダーTemera(テメラ)、ブロックチェーン企業のLuxochain(ラクソチェーン)、イタリアのITサービス企業Var Group(ヴァーグループ)が共同で開発をした「Vargo(ヴァルゴ)」は昨年4月に発表された。

今年2月にはオラクル社のOracle BlockchainPlatformを利用してファッション業界向けにブロックチェーントレーサビリティプラットフォームの開発を行っているドイツのリトレイスド(Retraced)が、ヨーロッパのVC企業サマイパタ(Samaipata)からシードラウンドにて100万ユーロ(約1億円)の資金調達をしたことも発表されている。

また大半の偽造品の製造が行われているとされる中国においても浙江省市場監督局と国家市場監督局がブロックチェーンを活用した「全国ネットワーク取引監視プラットフォーム」を立ち上げeコマースで偽造品を排除する取り組みを行っている。

このように高級ブランド品を扱う企業が自社の伝統やブランドを守る為にも、ブロックチェーン技術は益々利用されていくのではないかと考える。

またラグジュアリーブランドを含めたファッション業界がエシカルであることがさらに求められるだろう。4月9日にフランスの非政府組織(NGO)がユニクロのフランス法人やZARAを運営するスペインのインディテックスなどが中国新疆ウイグル自治区での人権問題を巡り、強制労働や人道に対する罪の隠匿の疑いで当局へ告発したことを発表し、その後6月末にはフランス当局が捜査を始めている。

この告発自体の真意は現状定かではないが、もし各社が今後正しい取り組みを証明するには、ブロックチェーンによるトレーサビリティプラットフォームを導入する可能性は大いにあると考える。

社会全体が「透明性」を求めている。引き続きブロックチェーントレーサビリティがどのように活用されていくのかを注目していきたいと思う。

(おわり)

文:大津賀新也
編集:設楽悠介
Header image/iStock:Happycity21

参考資料
・LVMHによるティファニーの買収完了、ベルナール・アルノーCEOの息子が経営陣に
・コンセンシス オーラプレスリリース
・アートスケイプ LVMH
・経済産業省 模倣品対策とSDGs
・WWD 中国で「ルイ・ヴィトン」模倣品2000点が押収 正規品に未搭載のチップを付属
・LVMH レジャーインサイト
・OECD 偽造品取引は世界の貿易の3.3%を占め、増え続けている
・ルイ・ヴィトン 偽造品対策について
・ルイ・ヴィトン 外部調達における責任
・ルイ・ヴィトン 循環による想像力への取り組み
・Vargo(ヴァルゴ) レジャーインサイト
・ウブロ レジャーインサイト
・仏NGO、ユニクロを告発
・仏当局、ユニクロなど捜査

この記事の著者・インタビューイ

大津賀新也

「あたらしい経済」編集部 記者・編集者 ブロックチェーンに興味を持ったことから、業界未経験ながらも全くの異業種から幻冬舎へ2019年より転職。あたらしい経済編集部では記事執筆の他、音声収録・写真撮影も担当。

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