リップル幹部に訊く、XRPLのこれからやAPAC戦略の行方
米フィンテック企業リップル(Ripple)がブロックチェーンXRP Ledger(XRPL)の公式カンファレンス「Apex 2025」をシンガポールで先月開催した。このイベントには、開発者やフィンテック企業、研究者、ベンチャーキャピタル(VC)、そしてXRPLの広範なコミュニティが参加。XRPLへのUSDC対応をはじめとした複数の発表がなされ、注目を集めた。
今回あたらしい経済編集部は、リップル社APAC担当バイス・プレジデント兼最高責任者のフィオナ・マレイ(Fiona Murray)氏と、RippleXのシニア・バイス・プレジデント、マーカス・インファンガー(Markus Infanger)氏にインタビューを実施。両氏にXRP Ledgerの日本戦略、注目する次なるユースケース、そして米国の暗号資産政策の転換がアジアに与える影響などについて語っていただいた。
XRPLの日本市場との親和性とは
── XRPLが日本市場に適していると感じる点を、企業のニーズやユースケースの観点から教えてください。
マーカス:日本市場とXRPLには、もともとの相性の良さがあると考えています。というのも、日本の金融機関や企業はブロックチェーン技術を実際の金融課題を解決する手段として見る傾向が強く、それこそがXRPLの本質的な設計思想に沿っているからです。
XRPLは、コストと速度の面で効率的なブロックチェーンとして設計されています。また、既存の金融システムとの親和性を持たせるために、アーキテクチャを抽象化し、互換性を高めています。例を挙げれば、現在開発している融資プロトコルは、スマートコントラクトとして外付けするのではなく、コア部分に組み込んだ基本的な機能として実装しています。
さらに、分散型ID(DID)や検証済み資格情報ドメイン、パーミッション型の分散型取引環境といった、現実世界の金融ユースケースに対応するためのコンプライアンス機能も多く備えています。
リップルはこれら機能を活かして、XRP及びXRPLを、現実世界のペイメントを支える基盤として長年使ってきました。
そして今、リップルは、提供できるソリューションの幅を広げ、金融資産や金融関連企業全体を支援する、いわばエンド・ツー・エンドの「ワンストップショップ」のような存在へと進化していこうとしています。
また、XRPは、今後金融システムをより生産的なものに変えていくための中核技術として、ますます重要な役割を担う存在になるでしょう。このような方向性は、特に日本市場において高い共感を得られるのではないかと感じています。
また、私たちが昨年「XRPL Japan and Korea Fund」を立ち上げたのも、ブロックチェーン技術で現実世界の課題を解決するソリューションを生み出す開発者・ビルダーたちの可能性を信じているからです。すでに、いくつか興味深いプロジェクトがそこから生まれています。
最近では、日本の政府系貿易振興機関「ジェトロ(JETRO)」との連携も発表しました。この連携では、スタートアップらに対しXRPLベースのプロジェクトに助成金を支給する取り組みを行っており、とてもうまくいっています。
こういったことから、私たちはXRPLとマッチするこの日本市場で、どのように価値を拡大していけるかを常に模索しています。
フィオナ:私が日本に見ている魅力の一つは、ハイテクや製造業などの分野における、複雑な技術を扱う能力の高さです。これは一部の大手企業によって既に証明されています。
一方で、ブロックチェーン技術は、必ずしも複雑である必要はありません。先ほどマーカスが触れたように、XRPLのような技術は、根本的な構造の変革を起こし得るものです。
日本はこれまでも、変革的な技術を受け入れ、その分野でトップになってきた素晴らしい実績があります。ですから、「XRPL Japan and Korea Fund」が立ち上がったばかりの今、ここからどんなプロジェクトが生まれてくるのか、とても楽しみです。
特に日本にはさまざまな業界で実績を重ねてきた素地がありますから、どんな野心的なチャレンジが出てくるか、期待しています。
群雄割拠のDeFi領域、リップルの一手とは
── リップルはすでに機関向け分散型金融(DeFi)領域に参入していますが、プレイヤーが増える中で、特に規制が複雑なAPAC市場において、どのように独自性を打ち出しているのでしょう?
マーカス: 先ほど少し触れましたが、XRPLは現実世界の金融ユースケースを支えるために設計されたチェーンです。特に注目すべきは、すでに12年以上稼働し、33億件を超えるトランザクションをセキュリティ上の問題なく処理してきたという点です。
さらに、リップルのもう一つの大きな強みは、L1ブロックチェーンとしてのコアコンピテンシー(中核的な技術力)にあります。これにより、多様なユースケースに自然に対応できる設計になっています。
それに加えて、銀行向けのカストディ製品やコンプライアンスに対応したステーブルコイン、機関投資家向けの高品質なプロダクト群、決済ネットワーク、各国のライセンス群など、包括的なソフトウエアパッケージを持っています。また、長年にわたり築いてきた金融業界との深いネットワークも、大きな強みです。
リップルは、分散型金融インフラと既存の金融市場の間にあるギャップを埋める、非常にユニークな立ち位置にいます。私たちは、金融システムを21世紀型へと進化させる準備が整った技術と体制を持っていますし、この変革は、従来の金融機関との協調によって実現されるべきだと考えています。
つまり、Web3技術をベースにゼロから立ち上げられるパラレルエコノミーではなく、既存の市場と共に進める変革だというのが、リップルの変わらぬ信念です。
これらの観点からみても、いわば「伝統的な金融市場をオンチェーンに導く」という意味で、私たちと同じような戦略とリソースを持つプレイヤーは他にいないのではないかと感じています。
── ステーブルコインRLUSDやXRPLの、今後注目しているユースケースと、今後の展開戦略を教えてください。
マーカス:RLUSDは昨年末のローンチからわずか数カ月で、すでに市場資本が3億ドルに達しており、非常に好調なスタートを切りました。
私たちが特に注目しているのは、RLUSDをリップルの決済プロダクトに組み込み、XRPに加えてステーブルコインを活用することで、ブロックチェーンを用いた決済をさらに拡大していく取り組みです。
また、RLUSDが、マネーマーケットファンドやトークン化国債、不動産などのトークン化資産に対し、「決済資産」として活用される展開にも期待しています。
リップルは現在、資産発行者やトークン化パートナーと連携し、こうした新たなユースケースの発表を進めており、ドバイ拠点のトークン化プラットフォーム「Control Alt」およびドバイ土地局と連携した不動産領域の実装もその一例です。
貿易金融や不動産取引における事前資金調達やコスト削減といった課題に対し、リップルは関連するプロダクト群を組み合わせて、より効率的なバリューチェーンの構築を進めています。
また、過去数カ月の伝統的な金融機関との対話を通じて見えてきたのが、より効率的な担保管理への関心です。信用リスクやカウンターパーティリスク、T+2取引などに起因する資産流動性の制約は、依然として高コストな運用を強いており、リップルはこうした領域へのソリューション提供にも注力しています。これらをXRPLのような高効率ネットワークと統合することで、金融市場における大きな最適化が見込まれます。
その点を探るため、リップルはコンサル大手のBCG(ボストン・コンサルティング・グループ)と共に、トークン化に関するレポートをまとめました。
パブリックブロックチェーン上で金融資産を表現することで、従来型の仕組みに比べて実現できるコスト削減や新たな機会についての気付きが盛り込まれていますので、ぜひご一読ください。
米国の規制改革がアジア市場に与えるインパクト
── 米国では現在、暗号資産領域への規制緩和が急速に進んでいます。それはリップルのAPAC戦略に影響はありますか?
フィオナ: 米国の政権交代は、暗号資産業界から歓迎される大きな変化でしたし、リップルにとっても追い風となっています。実際、政権交代からわずか6週間の間に、リップルが米国で成立させた契約数は、それ以前の6ヶ月間を上回りました。
そしてこの動きはアジアにとっても、これは好材料とみています。なぜなら、大手グローバル企業の本格参入によって、ブロックチェーンに新たな流動性がもたらされ、チェーン上のトークン化資産の範囲が拡大するからです。
また、アジアで使用されている米ドルはその好例です。APACの多くの国々において、RLUSDをはじめ、米ドル建てのステーブルコインの取引が中心にとなっています。
そして、日本を含む多くの地域で、保守的な銀行インフラが暗号資産や決済業界の成長を妨げてきたのも事実です。しかし、米ドルベースの銀行や規制機関の参入によって、こうした参入障壁は低下し、多くの市場参加者が恩恵を得ることになるでしょう。
なぜリップルに? 異業種から暗号資産業界へ
── お二人がクリプト業界、そしてリップルに惹かれたきっかけや理由を教えてください。
マーカス:私はリップルに入る前、伝統的な金融機関で25年間働いてきました。為替取引フロアという市場流動性の中心のような場所で、常に、「金融の中核部分には、既存の金融システムの仕組みよりももっといい方法があるはず」と感じていました。
また、年月を重ねるうちに、イノベーションは周辺部では起きても、金融の中枢までは届かないという現実にも直面しました。
さらに、2017年にビットコインやイーサリアム、XRPを見たとき、規制当局なども含めた、あらゆる基本的な枠組みを整える必要があると感じ、時間がかりそうだと思いました。ですから興味はありましたが、伝統的金融の世界に留まっていたのです。
そんな時に、ヘッドハンターからリップルを紹介されました。面接で印象的だったのは、銀行業界では「どうすればもっとお金を稼げるか」という発想になりがちなのに、このときの会話では全く違っていて、「どうすればお金をより良くできるか」という視点だったのです。
知的好奇心に満ち、金融システムの本質に変革を起こそうとしている人たちがいる。その誠実なエネルギーに強く惹かれ、「自分もこの一員になりたい」と思ったことが決め手でした。
フィオナ: リップルに入社したきっかけには、2つの大きな理由があります。ひとつは「金融包摂」への強い関心、もうひとつは「FOMO(取り残されることへの不安)」です。
私はもともとオラクル(Oracle)で働いていましたが、知り合いのヘッドハンターからリップルの話を聞く機会がありました。そして、リップルが掲げていた「インターネット・オブ・バリュー(IoV)」、つまり「お金に限らず、あらゆる価値を情報のように自由に動かせる社会を目指す」という純粋なビジョンに強く惹かれました。
そのコンセプトは、金融業界全体の変革の中心になること、そしてその変革が人々にもたらす恩恵です。
実際、今ではモバイル決済やデジタルウォレットの普及により、個人間の取引方法は大きく変わりました。路上で軽食を売る人が事業を拡大し、家族を支えられるようになりましたし、送金においては、コストと透明性の改善によって、家族の教育費や住まいの費用を支払えるかどうかが変わります。そうした金融包摂の力を、肌で感じます。
私にとって、金融システム全体の変革の中心に関われるということ、この動きの一員になれたことは本当に素晴らしい機会でした。
もうひとつの理由はFOMOです。多くの金融業界出身の友人たちがVCやWeb3業界に転身していく中、「これが本当に来るのか?」と半信半疑ながらも、彼らの多くが「リップルはすごい」と評価しているのを聞いて、私も参加しなければと思い飛び込みました。
私はリップルに7年以上在籍しています。入社当初、リップルは、決済に注力していました。暗号資産もトークン化もまだ黎明期で、銀行に「クリプト」という言葉すら出せず、代わりに「ブロックチェーン技術」と呼ぶしかありませんでしたが、今ではHSBCやDBSといった大手銀行とともに、デジタル資産インフラの構築を進めています。最初は「ブロックチェーンのような技術」としか言えなかったのに、今では金融の根幹に関わる変革に携わっている。まさに、驚きと挑戦に満ちた道のりでした。
点を線に。多様な知が交わる場所で働くということ
── フィオナさんは、政治・哲学・経済学という幅広い分野を学ばれています。そうした知見は、リップルという組織やミッションに対する考え方・信念に、どのようなかたちで影響していると感じますか?
フィオナ:政治・哲学・経済学は、世界の仕組みを理解するための基盤であり、人間や枠組み、さまざまな視点を結びつけて考えるための学問だと思います。幅広いテーマは抽象的なものも多いですが、 中でも私が学んだサブサハラ・アフリカの政治や開発経済のような領域は、非常に深く掘り下げる機会がありました。
同時に、「文明はどのように形づくられてきたのか」といった大きな問いに対しても、論理や哲学の多様な流派がどのように影響してきたのかを、広い視点から捉えることができたと思います。
私は、自分のことをジェネラリストだと考えています。テクノロジーの専門家でも数学者でもありませんが、世の中には本当に優れた知識や技術を持つ方々がたくさんいます。私はそうした方々を深く尊敬していますし、その力をお借りしながら、少し引いた立ち位置から、全体をつなぐ役割を担えたらと思っています。
この学位を通じて得た最も大きなことは、広い視野を持って、異なる分野や多様な人々と関わることの大切さを学んだことです。
そして、それはリップルでの仕事にもそのままつながっています。毎日がまったく違う展開を見せてくれるので、とても刺激的で、楽しく取り組んでいます。
たとえば今朝も、開発者の皆さんをステージで迎えたあとに、金融のバックグラウンドを持ち、現在はブロックチェーンとネットワークの関係を研究している有識者と一緒に登壇しました(※この取材はAPEX2025の会期中に行われた。当日マレイ氏は2つのステージに登壇している)。
このように、各分野で優れた知見を持つ方々と日々対話をしながら、私は少し引いた立場から、いわば、点と点をつなぐ役割を自分なりに試みている、とでも言いましょうか。それは、私自身の学びやキャリアを通じて一貫してきたテーマでもあり、今でも日々やりがいを感じているところです。
関連リンク
- XRPL
- XRPL Japan and Korea Fund
- Ripple及びBCC共同レポート『Approaching the Tokenization Tipping Point』
- APEX2025
インタビューイ・プロフィール
フィオナ・マレイ(Fiona Murray)
Ripple バイスプレジデント/APACマネージング・ディレクター
フィオナ・マレイ氏は、Rippleにおけるアジア太平洋地域(APAC)の戦略および事業運営を統括するバイスプレジデント兼マネージング・ディレクターとして、シンガポールを拠点に活動。2018年にRippleへ入社し、2020年からはAPACセールスチームをリードしている。マレイ氏はこれまで、地域におけるデジタル資産の取引拡大に向けて、オン/オフランプの決済基盤整備やOTC市場の成長支援を主導。さらに、シンガポール金融管理局(MAS)より「主要決済機関(MPI)」ライセンスを取得するなど、企業向けブロックチェーン活用の推進にも深く関わっている。Ripple以前は、Oracle、Fiserv、Misys(現Finastra)などの大手企業で事業開発を担当し、欧州・アジアの金融機関における決済ソリューションの導入を支援してきた。オックスフォード大学で政治・哲学・経済の修士号を取得。
マーカス・インファンガー(Markus Infanger)
RippleX シニア・バイスプレジデント
マーカス・インファンガー氏は、RippleXのシニア・バイスプレジデントとして、分散型ブロックチェーン「XRP Ledger(XRPL)」へのRippleの貢献を統括。プロダクト開発、パートナーシップ、開発者コミュニティの成長を横断的にリードしている。また、AIとメタバース領域のリーディング企業「Futureverse」の取締役も務めるなど、次世代テクノロジーへの深い知見を持つ。ロンドンを拠点に活動し、金融機関における20年以上の経験を通じて、伝統的金融とブロックチェーンの橋渡しに注力。TRIUMプログラムにてエグゼクティブMBAを取得。
取材/編集/撮影:髙橋知里(あたらしい経済)