ロビンフッド騒動をきっかけに、既存金融はDXしていけるのか

証券アプリ、ロビンフッド(Robinhood)。2020年末時点でそのユーザー数は約1,300万人を超える。カジュアルにゲーム感覚で投資ができ、取引手数料が無料であるこのアプリは米国のミレニアル世代を中心に人気を集めている。

そんなロビンフフッドを接点として、今回200万人ほどの個人投資家がソーシャルメディア「レディット(Reddit)」で、機関投資家(ヘッジファンド)が空売り(ショートポジション )していたGameStop社の株にロビンフッドで買い(ロングポジション)をとって株価を吊り上げるように呼びかけ、機関投資家に大損をさせたという騒動が起こった。

GameStop株に何が起こったのか

GameStop社は世界中でゲームソフトなどの小売チェーンを展開する企業。1984年に設立され、1988年にニューヨーク証券取引所へ上場をしている。しかし2019年にオンラインゲームへの顧客流出や売上高の減少を受け、株価は2019年初から8月までに70%超の下落幅を示していた。

そして2020年、GameStop社はコロナウイルスの影響で、欧州、カナダ、ニュージーランドで様々な時期に一時的に店舗の閉鎖、米国では、すべての店舗が営業停止の判断などを下していたとGameStop社の年次報告書には記載されている。

このように現在のマクロ経済およびGameStop社の年次報告書を考慮して、ヘッジファンドらはGameStop社の株価は合理的でないと考えて、空売りを行っていたわけだ。

Google Finance

しかし「レディット(Reddit)」の「r/wallstreetbets」を通して結託する個人投資家らが、ロビンフッドと通じてコールオプション(株を買う権利)を取り始めて、GameStopの株価は年始から1,500%増加したのだ。

そしてGameStop株の急騰によって、空売りしていたヘッジファンドは巨額も損失を被ることになった。これが今回の騒動の顛末だ。

既存金融も動かしたネットコミュニティの力

今回の騒動は既存の金融市場、力を強めるインターネットが抱える、多面的な課題を浮き彫りにした。

まずはこのようなネットのコミュニティの力で、実際の株価が動かせてしまったと言うことだ。通常このような仕手行為はもちろん違法であり、各国の規制で取り締まられるが、ネットの匿名のコミュニティによって起こるこれらの動きを制御するのは困難だ。

私は今回のGameStop株の一連の動きを見て、まるで仮想通貨のようだと感じた。残念ながら悪い意味である。

仮想通貨では株などと比べてもまだまだ世界的に規制が追いついておらず、このようなネットコミュニティによる価格操作は残念ながらこれまでも多数起こっている。そのような状況がついにレガシーな金融市場にも影響をし始めたというポイントは、大きなテーマなのでまた別の機会に論じたい。

ロビンフッドが手数料ゼロは個人投資家にとって良いことなのか?

また今回の騒動でロビンフッドのサービス自体にも注目が集まった。

ロビンフッドは株の取引手数料ゼロでサービスを提供している。日本でもLINE証券、DMM.com証券、GMOクリック証券、楽天証券などは売買手数料を低く設定しているがゼロではなく、ロビンフットの仕組みはそれとは異なる。

ロビンフッドは手数料ゼロにして、個人投資家らの売買注文ポジションやデータをマーケットメーカーに供給して、マーケットメーカーから手数料を得ているのだ。

マーケットメーカーらは、ロビンフッドに提供された個人投資家らの取引ポジションの中などから最適なポジションを見つけることができ、取引の最良執行を行うことができる。

このような仕組みはペイメント・フォー・オーダーフローと呼ばれている。

そしてペイメント・フォー・オーダーフローの仕組みは、アメリカのコモン・ロー(日本の民法)の代理法において、信認義務を果たしていると言えるのかという課題がある。代理法における信認義務とは、代理人は受益者の利益が最大になるようにしなければならないという義務のことだ。

ロビンフッドは株の売買を行う代理人で、個人投資家は株を購入して利益を得ようとしている受益者となる。

よってロビンフッドは個人投資家に対して取引の最良執行を行う義務があるはずだ。しかし、ロビンフッドは手数料ゼロのビジネスモデルを構築しており、マーケットメーカーらに最良執行機会を提供していることになる。

米証券取引委員会らの公的機関は、ロビンフットのような株式取引サービス提供企業が個人投資家への信認義務を果たしながらも持続可能なビジネスモデルを構築するための規制を設計するべきだという意見もある。そのような規制ができて初めて、個人投資家と機関投資家らは平等に株式市場を構成できるようになるのではないだろうか。

株式決済期間の時差の問題

さらに既存金融の現状抱えている課題も浮き彫りにした。株式決済期間がリアルタイムではなく、2日間(T+2)であることだ。投資家は株を売却してから現金を支払われるまで2日間のバッファが生じているのである。ちなみにアメリカでは2017年まで株式決済期間は3日間であった。

ロビンフッドなどの証券会社は株式取引を代理する機関で、その取引によって生じた利益などを投資家へ支払うのは、精算機関だ。

アメリカではDTCC(米国証券保管振替機関)が、投資家への精算の役割を担っている。

つまりロビンフッドはアプリ内の株取引によって発生する現金や資産をDTCCに精算してもらう必要がある。よってロビンフッドは事前に必要な現金をDTCCに供給しておかなければならない。

ところが、今回の騒動でロビンフッドとDTCCの関係に問題が発生した。DTCCはロビンフッドからの現金供給(証拠金積立)が不足しているということで、ロビンフッドに証拠金積立を要求した。これによってロビンフッドは一時的に価格変動が激しい50銘柄を取引制限することになった。

つまりロビンフッドの個人投資家らは、自由に取引を行うことができなくなったのである。これに対してロビンフッドは既存の投資家や銀行などから合計約3,500億円(34億ドル)を調達して、対応することとなった。

この一連のプロセスを経て、ロビンフッドの創業者であるウラジミール・テネフ氏は「It’s Time for Real-Time Settlement」と題するブログを2月2日に投稿した。

テネフ氏はこのブログで、株式がリアルタイム決済でないことによって、DTCC、個人投資家、ロビンフット社など利害関係社全てがデメリットを被っていることを伝えたかったのだと考えられる。またブルームバーグによれば、DTCCもリアルタイムではないまでも決済期間を1日に短縮することを望んでいるようだ。

それはDTCCがブロックチェーン技術を株の精算システムに取り入れようと実証を行っていることからも推測できる。DTCCは分散型台帳(DLT)と資本市場の統合を目的とした2つのプロジェクトを稼働させていることを2020年5月22日に発表している。

その際に発表されたのは、公開株の代替決済サービス「Ion(イオン)」と、私募証券の発行・取引所のセキュリティ・トークンプラットフォーム「Whitney(ホイットニー)」だ。

これらのプロジェクトの目的は、公開市場と私募市場におけるデジタル化のメリットを探り、新しいテクノロジーが取引後のプロセスを強化し、リスクとコストを削減できるかどうかを検討することだ。

公開市場の株式の取引のリアルタイム決済に役立つのはIon(イオン)だと考えられる。DTCCのグローバルオペレーションおよびクライアントサービスの責任者であるマレー・ポズマンター(Murray Pozmanter)氏は次のようにコメントしている。

金融サービス業界は技術革命の真っ只中にあり、ポストトレードの将来に備えて新しい技術とサービスモデルを適応させ、受け入れる絶好の機会を提供しています。

Ionは、DLTやトークン化証券などの新機能を活用した決済の高速化に関する価値提案をさらに進め、DTCCがこれらの技術をどのように展開して顧客と業界に付加価値を提供できるかを学ぶために業界と協力することを目的としています。

ここでロビンフッド創業者のウラジミール・テネフ氏のブログの一部も引用する。

先週、2日間の取引決済期間が投資家、ひいてはアメリカの金融システム全体に与える影響を目の当たりにしました。清算機関の入金要件は一晩で急上昇しました。人々は希望する証券の一部を購入することができませんでした。

投資家は怒りと不安を感じ、時代遅れの決済プロセスの意図しない副産物であることを懸念しました。人々が投資するとき、彼らは将来の希望と夢を我々の金融システムに託しています。私たちは彼らを失望させることはできません。

ウラジミール・テネフ氏はブログを通して、世界最大のアメリカ金融システムはリアルタイム決済を実現させて人々の投資機会をきっちりと提供果たすべき時がやってきたということを強調しているのではないか。

さまざまな課題を示したロビンフッド騒動

ソーシャルメディアを通した個人投資家のアクションによってヘッジファンドへ大きな損失をもたらす事態となったロビンフット騒動。個人投資家がヘッジファンドを打ち負かす事態は前代未聞だった。

仮にブロックチェーン技術の適用によって、前述のように株取引のリアルタイム決済が実現されたとしても、もちろんソーシャルメディアを通した仕手行為がなくなるわけではない。今後、私たちが考えなければならないのは「技術革新、倫理観、規制」の融合(コンバージェンス)ではないだろうか。

今回の騒動で明らかになった今の金融の課題を、いかにDX(デジタルトランスフォーメーション)していくが、あらゆる立場、あらゆる角度からの検討が必要である。

(images:iStocks/Sushiman)

この記事の著者・インタビューイ

竹田匡宏

兵庫県西宮市出身、早稲田大学人間科学部卒業。 「あたらしい経済」の編集者・記者。