エクイティとトークンの関係のヒミツ

特集 なぜスタートアップがトークンエコノミーを必要とするのか

岡部 典孝

はじめに

リアルワールドゲームスの取締役CTO/CFOの岡部典孝です。

リアルワールドゲームスは健康で充実した毎日を提供する為にトークンエコノミーを活用してサービスを展開しているスタートアップです。

「Proof of Walk」というコンセプトで、ゲームを通じて人々が行動することに対してトークンを付与するサービスを提供予定です。税金や保険料を使わずに人々が健康的な行動習慣になるよう促すことで、健康寿命を延伸し、医療費を削減することができるトークンエコノミーを構築しています。

また、ゲームの製作にあたって世界中の地図データやロケーション情報を集めていますが、データを低コストで集める為にもトークンエコノミーは欠かせません。

私はリアルワールドゲームスではトークンエコノミーの設計とエクイティでの資金調達を担当しています。トークンとエクイティのバランスや相互作用について日々考えるうちに、スタートアップがトークンエコノミーを必要とする理由がわかってきました。

トークンエコノミーはスタートアップのエコシステムを大きく進化させる可能性を秘めています。すでに一部の起業家はそれに気がついて、トークンエコノミー関連のスタートアップを立ち上げており、投資家もこの分野に積極的に投資しています。

実際に私の周りにいる多くの先進的なスタートアップの起業家/CFOはトークンエコノミーを研究し、トークンエコノミーを自社のビジネスに組み込む形でトークン発行の準備をしている企業が多数あります。

それに加え、最初から「トークンエコノミーありき」のスタートアップも増えてきました。

トークンとエクイティの相互作用について研究が進み、トークンエコノミーによってスタートアップが急成長するモデルが共通化されれば、スタートアップ全体への投資が増加し、イノベーションが促進されると私は考えています。

これが本来秘密であるはずのトークンエコノミーとエクイティの相互作用について「あたらしい経済」に寄稿しようと思った理由でもあります。

本連載ではスタートアップの立場でトークンエコノミーとエクイティの関係をまとめることで、皆様の考えを整理するきっかけになればと思います。

スタートアップとトークンの類似点

スタートアップは人・物(製品)・金が無い状態から急成長を志向する組織です。製品もお金もない、社員も数名のスタートアップのバリュエーション(時価総額)が数億円になることは一般的です。

時には数十億円になることもあります。

それは製品もお金もない、メンバーも数名のプロジェクトのトークンの時価総額が数億円-数十億円になることと似ているような気がしますね。

スタートアップのバリュエーションとスタートアップが発行するトークンのバリュエーションの関係を紐解くと、スタートアップとトークンの両方の理解が深まるのではないでしょうか?

スタートアップがトークンを発行する理由

人・物・金が無いスタートアップが最初に売ることができるのはエクイティだけです。

例えば会社のバリュエーションが10億円なら10%の株式を放出することで、エクイティ投資家から1億円を調達することができます。

スタートアップは株式と引き換えに資金を調達しながら優秀な人を集めて、物を作って売らなければなりません。売れる物を作る前にお金が尽きて、投資家に株式が売れなくなると、最悪倒産です。トークンを発行していないスタートアップは高確率で安く大企業にM&Aされてしまいます。この場合その企業に投資を行った投資家は損をします。

一方、トークンを発行するスタートアップの場合はどうでしょう?

10億円のバリュエーションのスタートアップが本業に関連するトークンを発行するとします。理由は後述しますが、トークンの時価総額は数億円から数十億円になります。

そうすると基本的にトークンの時価総額が会社の含み益になります。その場合、数億円から数十億円の含み益を持っているスタートアップであれば、エクイティ投資家は安心して追加投資しやすくなります。

つまりトークンを発行しているスタートアップはトークンを発行していないスタートアップと比較して潰れにくくなると言ってもいいでしょう。

潰れにくいスタートアップの評価額は上がります。

すると同じ株数を放出した際の調達額が増えて、資金が増えるので競争にも勝ちやすくなり、ますます潰れにくくなります。

トークンを発行しているスタートアップは大企業に買われるとしても、トークンの含み益を武器に交渉することができます。結果的にトークンの含み益の一部を反映した価格で大企業にM&Aされる可能性が高いです。この場合、エクイティ投資家は損をしない仕組みになっていることが一般的です。

トークンを発行する為に必要なコストは主にエンジニアなどの人件費と弁護士費用ですので、上記の理由だけでもスタートアップがトークンを発行することは合理的です。

その合理性から私の体感としても、周りの先進的なスタートアップはトークンを発行することを少なくとも検討している話は数多く聞きます。

エクイティとトークンの相互関係

スタートアップにとってトークンの可能性はこれだけではありません。

むしろここからが本番です。

トークンは市場価値が出る前から配布可能です。トークンを無償配布すれば、法定通貨を使わずに、個人か法人かを問わず協力者を増やすことができます。これについては次回詳しく検討します。

更にトークンに市場価値が出て、仮想通貨取引所を通じて取引できるようになると、エクイティの代わりにトークンを売って資金を調達することも可能です。トークンセール/ICOと言われていますが、これも可能性の一つです。

トークンの時価 – 発行費用のことをシニョリッジ(通貨発行益)と言います。

シニョリッジは協力者にとって強いインセンティブとなります。仮想通貨取引所を通じて取引できるようになることで、シニョリッジは可視化され、更に強いインセンティブが発生します。

スタートアップはトークンを活用し、シニョリッジを活かした経営をすることで、法定通貨での資金調達によるエクイティの希薄化を防ぎつつ、急成長を狙えます。

スタートアップが急成長すれば、そのスタートアップが発行したトークンの価値も急上昇すると考えられますので、シニョリッジは更に増加し、それを活かしたスタートアップは更に急成長するでしょう。

このメカニズムについても次回詳しく説明します。

これが先進的なスタートアップがトークンエコノミーに注力している本当の理由です。トークンエコノミーに注力しているスタートアップに投資が集まる理由でもあります。

スタートアップのエクイティに価値がつく仕組み

スタートアップに投資する投資家はホームランを狙っています。IPO時の時価総額は安くても数十億円、高ければ数千億円になります。1000億円を超える時価総額のスタートアップをユニコーンと言いますが、アメリカには150社に投資して6社がユニコーンになったエンジェル投資家もいます。

目利き次第で大きなリターンを得られるので、スタートアップに投資したい投資家は増えています。

また、大企業はお金が余っており、スタートアップと協業したい大企業やそのCVCがスタートアップに投資することも増えています。そのスタートアップの将来の予想価値を現在の価値に割り引いたものが、スタートアップのバリュエーションです。

例えば1年で2倍ずつ毎年成長しそうなスタートアップがあり、5年後に1000億円の時価総額になることが見込まれるとします。

単純化すると、4年後に500億円、3年後に250億円、2年後に125億円、1年後に60億円、なので今は30億円のバリュエーションとなります。

すると10%の株式を放出して3億円を調達できます。スタートアップは3億円を有効に使うことで、1年後には60億円のバリュエーションを目指すことになります。投資家も1年後に2倍、2年後に4倍の価値になりそうなら、リスクをとって投資することができます。スタートアップが急成長を宿命づけられていることと、スタートアップのエクイティに価値がつくことは表裏一体の関係です。

スタートアップのトークンに価値がつく仕組み

スタートアップは課題を一刻も早く解決したいと思っています。

急成長の為にはスピードが命です。ゆっくりしていると、他のスタートアップとの競争に負けてしまいます。

スピードが遅くなってしまうと、最悪、大企業との体力勝負になってしまい、負けてしまいます。トークンを発行するスタートアップは社内外を問わず、様々な人や会社の協力を得てスピードを上げるにトークンを活用します。

しかし、発行した瞬間のトークンは無価値です。トークンの時価総額を急上昇させなければスタートアップの急成長は見込めません。ですのでスタートアップは全力でトークンの時価総額を急上昇させようとします。

具体的な方法としては、スタートアップはトークンの使い道を用意し、提携企業を増すことが挙げられます。

使い道ができればトークンに使用価値が生まれます。

例えば、リアルワールドゲームスは高精度の地図や位置情報データベースを作っています。1トークン払うと10000回地図データを取得できるようにすれば、企業からトークンに需要が生まれます。1トークン払うと1人お客さんをお店に誘客するようにすれば、お店からトークンに需要が生まれます。

このようにあらゆる知恵を絞ってプラットフォームの機能を追加することになります。トークン同士も競争しあう関係ですので、機能や使い道が増えるトークンは競争に勝ちやすいと考えられます。

機能追加に必要な活動資金は原則としてエクイティで調達した資金を使うことになります。

トークンを用いたプラットフォームが完成し、そのプラットフォームを利用したい人が増えれば増えるほど、トークンの価値は上昇します。

さらに、仮想通貨取引所で取り扱われるようになると、流動性が増してトークンの価値がより上昇します。

トークンを用いたプラットフォームが将来生み出す予想価値の合計を現在の価値に割り引いたものが、トークンの割引後現在価値です。ブロックチェーン技術により発行枚数が決まっている場合、上記の割引後現在価値を発行枚数で割ったものが1トークンの理論的な価値になります。

割引の考え方はエクイティの場合と全く同じです。

しかし、使用価値という視点でみると、スタートアップのエクイティの使用価値は議決権くらいしかなく、ほぼ無価値ですが、トークンは上述のように使い道を増やすことで現在の使用価値に応じて最低限の価格がつきます。

多くの人が期待しているスタートアップのトークンの場合、使用価値より割引後の現在価値のほうが高くなります。従って、バリュエーション10億円のスタートアップが発行したトークンは、使用価値だけで数億円、割引後の現在価値は数十億円の価値がつくのです。

急成長を志向するスタートアップと急成長を志向するトークンエコノミーは相性が良いことがわかります。

トークンのメリットデメリット

メリット:

  • シニョリッジをインセンティブに様々な人の協力を得られる可能性がある
  • 株式が希薄化しない
  • トークンエコノミーを理解する投資家から投資を受けやすくなる
  • エクイティとトークンを組み合わせた新しい財務政策が可能

デメリット:

  • 法律・会計・税務が定まっていない部分が多く、コストがかかる
  • IPO審査の際にどのような障害があるかわからない
  • トークンエコノミーの理解が浅い投資家からは投資を受けられない
  • トークンエコノミーに強い人材が社内に必要

上記に書き出したように、トークンにはメリットとデメリットがあります。ただ見ていただければ、スタートアップにとっては、メリットが上回るのがわかると思います。

トークンとエクイティの利益相反

エクイティで調達した資金をトークンエコシステムの為に使うことは、エクイティ投資家にとって利益相反になる可能性があります。

というのも、トークンを持っているだけでは、シニョリッジは会計上の利益として財務諸表に反映されないからです。

トークンエコノミーの理解が浅い投資家が見た場合、シニョリッジが反映されていない財務諸表を見て、赤字を垂れ流しているように捉えてしまうかもしれません。

多くのトークンを保有した上で、トークンの価値を増やして、シニョリッジを増やすことが、エクイティ投資家の利益に資することをしっかり説明し、エクイティ投資家の理解を得る必要があります。

トークンの価値が増えれば、潰れにくくなるだけでなく、EXIT(売却/IPO)時のバリュエーションが大きくなりますので、最終的にはエクイティ投資家の理解を得られると思います。

まとめ

・急成長が宿命のスタートアップとトークンは相性が良い

・多くのスタートアップがトークンエコノミーに注目している

・トークンを発行すれば、潰れにくくなり、EXIT時の価値が上がる

・スタートアップの株式に使用価値は無いが、トークンは使用価値がある

・トークンの価値は「使用価値」と「割引後の現在価値」の高い方

・シニョリッジという財務諸表に反映されない含み益が生まれる

・トークンを使って協力者を増やすことができる

・利益相反にならないようにエクイティ投資家に説明が必要

新しいスタートアップファイナンス

最近スタートアップのバリュエーションが急上昇していると言われていますが、私はトークンエコノミーと無関係だとは思えません。

この分野は最先端の論点の宝庫だと思います。起業家やCFO、法律家や会計士、経済学者、投資家や金融機関等が立場や利害を超えてディスカッションすることで「あたらしい経済」が生まれるに違いありません。

ディスカッションのご依頼は大歓迎で、出来る限り時間を作りたいと思っています。https://www.facebook.com/noritaka.okabe までお気軽にご連絡下さい。

次回はトークンのインセンティブとしての性質について書きます。

お楽しみに!

(編集:飯田諒

images:iStock / Vasyl Dolmatov

この記事の著者・インタビューイ

岡部 典孝

一橋大学在学中の2001年有限会社リアルアンリアルを創業。2002年株式会社化し代表取締役社長就任。 2005年同社取締役CTOに就任し、ゲームやポイントエコノミーの開発を担当。 2017年リアルワールドゲームス株式会社を共同創業し、取締役CTO/CFO就任。 主にトークンエコノミーの設計、資金調達、財務、法務等を担当。 同社はスタートアップワールドカップ2018日本ファイナリスト、マイクロソフト賞を受賞。 トークンエコノミーを活用し世界の医療費を削減することを目指している。 介護用ベッドの上でコードを書くような引きこもり生活だったが、Ingressと出会って外に出るようになり、リアルワールドゲームの開発を開始。 Ingressで歩いた距離は9000㎞以上。