ブロックチェーンによる地域プロスポーツの新しい可能性をつくる〜Bリーグ・熊本ヴォルターズCEO 内村安里氏インタビュー〜

上野直彦

2019年は“スポーツ×トークンエコノミー”の年として動き出す

「スポーツは魅力的なトークンエコノミーの条件を満たしています」

ブロックチェーンベースのソーシャルメディア企業ALiSの安昌浩CEOの言葉だ。スポーツとトークンエコノミーとの親和性の高さは過去にも多くの起業家が指摘し、筆者も幾つかの媒体で述べてきたが昨年から今年にかけてその流れは一気に加速している。

 ファンがチームや選手を応援する気持ちをギフティング(投げ銭)という行為で実施、ファンから投げられたデジタルギフトはチームの運営や選手のキャリアを支えるお金として使われるサービスを提供するエンゲート株式会社(城戸幸一郎代表取締役)は、2018年10月にベータ版をリリースした(そして今年3月にはiOS版をリリース)。

また、アスリートの「電子トレカ」売買サービスwhooop!を運営する株式会社ventus(設立は2017年、代表取締役の小林泰氏)はBリーグやTリーグ、またeスポーツなどの選手などの電子トレカ製作を2018年から開始している。

どちらもブロックチェーンベースの起業であるが、同じような動きは海外でも起こっている。ブラジル代表ネイマール選手が所属するフランスのパリ・サンジェルマンはチームの仮想通貨発行を決定するなど、振り返ると昨年2018年は“スポーツ×トークンエコノミー”の分水嶺の年だった。

Bリーグ・熊本ヴォルターズの新たな挑戦

冒頭の安氏の言葉は、昨年8月2、3日に開催されたスポーツビジネスのカンファレンス『KEIO SDM “SPORTS X”Conference 2018』(主催:慶応義塾大学大学院SDM研究科)での“スポーツ×ブロックチェーン ~トークンエコノミーの未来~ 」と題するセッションで出たものだ。

このセッション、会場は満杯で立ち見が出るほどで、特に大学生やスタートアップを目指す若者の熱気に溢れていた。実はスポーツビジネス系のカンファレンスにおいて、初めてこのテーマを本格的に扱うものでもあった。

撮影:熊本ヴォルターズ

奇しくも同日、数時間後に熊本でも同じようなセッションが開かれた。『ブロックチェーン技術が築く地方創生の可能性』(主催:熊本ブロックチェーンカンファレンス2018委員会)での「ブロックチェーンとトークンエコノミーによる地域プロスポーツの新しい可能性」という講演だ。登壇したのは内村安里氏。プロバスケットボールリーグ・B.LEAGUEで活躍する熊本ヴォルターズを運営する熊本バスケットボール株式会社のCEOである。現在カテゴリーは2部だが、昨シーズンの1部との入れ替え戦では、昇格まであと一歩まで迫った激闘で多くのバスケファンを魅了した。

その内村氏が何故ブロックチェーンとトークンエコノミーにスポーツビジネスの可能性を見出したのか? どのようにしてブロックチェーン技術を取り入れようとしているのか。数回のやり取りを経て彼が初めて本音を語ってくれた。そこには地方のスポーツクラブならではの深刻な事情があった。

今回は、内村氏に思いの丈を語ってもらった。

いま、地方のスポーツクラブは生き残りに必死

熊本バスケットボールCEO 内村安里氏

—ヴォルターズのブロックチェーンを使った新しい取組みについて教えて下さい。スポーツ界より、むしろブロックチェーン業界で話題となっています。どういった現状から、このような挑戦をしようと思われたのですか。

内村安里(以下略) BリーグもJリーグも、一部を除いては、各クラブ非常に厳しい経営状態にあります。特に、我々のような特定の親会社を持たない「市民クラブ」は深刻な状態です。大企業が親会社としてバックアップしている「企業クラブ」とは年々経済的な格差が広がりつつあり、地域に根付いたプロスポーツクラブの真の成功事例は、この国ではまだまだ少ないのが実情です。熊本ヴォルターズも、私が関わり始めた2016年度にようやく黒字化しましたが、売上はトップクラブと大きな開きがあります。

BリーグもJリーグも、収入全体の半分はスポンサー収入が占めています。「企業クラブ」の中には、スポンサー収入比率が更に高いところもある。「市民クラブ」との経済的な格差は、この部分が最も大きい。

我々が所属するB2リーグは、全18クラブ中、2016年度は12クラブが赤字・11クラブが債務超過、2017年度はその数が減ったとはいえ8クラブが赤字・7クラブが債務超過という、厳しい現実を突きつけられています。もちろん、より経営努力が必要であることは大前提ですが、我々がトップクラブへの仲間入りを果たすには、スポンサー収入だけでない、新しい事業モデルの構築にトライしていく必要があります。

特定企業からの多額のスポンサードではなく、少額でも、より多くの方々から支援してもらえるような仕組みが作れないか。そこで、ブロックチェーンという技術を使ったクラブ・選手とファン(ブースター)とのより密接なコミュニケーションを生む仕組みや熊本県外を含めたファンコミュニティの形成ができないか、と真剣に検討を進めています。

正直言って、これまでと同じやり方ではすでに限界が見えています。これは、特に地方でスポーツクラブを経営している方々には共感していただけるんじゃないかと思います。地方には、それぐらい切羽詰まっている現実があります。

ブロックチェーンの真価は「地方」でこそ活かされる

—昨年8月の講演での反響はどうでしたか。

大きかったですね、本当に。講演後すぐ、地元企業の皆様から何か一緒にできないかなど、様々なお話をいただきました。私もこの分野はまだまだ詳しいわけではないですが、共に学び協力しながら、プロジェクトを進めていきたいと考えています。

—ブロックチェーンの世界で議論されている“中央集権”と“非中央集権”について、どのように考えられていますか。

「非中央政権型」という考え方は、首都圏よりもむしろ地方でこそ取り組まなくてはいけないことではないかと考えています。

現状、日本ではブロックチェーンの分野でも東京が最も進んでいる場所でしょう。ただ、その技術は「地方創生」という課題にこそ活きてくるのではないでしょうか。

今回のプロジェクトが、ただ単に熊本ヴォルターズがポイントシステムを作って、そこに参画していただけるパートナーを集める、という話になってしまっては意味がない。ブロックチェーン技術を使うことで、仮に我々がいなくなったとしても稼働し続ける、「分散型」の仕組みを作ることも可能になります。

参加するパートナーの間で、ポイントのやり取り等のマーケティングデータを共有する。そうすることによって、参加してくれるパートナーが増えれば増えるほど、お互いにとってのメリットも増えていくような仕組みが構築できるのではないかと考えています。

—この分野で地方にメリットがあると思われる理由はなんですか。

いわゆる「クラサバ型」の仕組みの方が管理統制は取りやすい。ただ、多大な投資がかかってしまいますし、システムを構築した企業が運営を止めてしまえば全てがストップしてしまう。分散型によって、ある一社に依存しないシステム構築・運営が可能になる。システムだけではなく、ものの考え方や人の意識自体もそういう方向に変化していくでしょう。一社が独占するのではなく、協力することで、大企業主導とは違う形で実現していく。そういった仕組みが、今後の日本では必ず重要になってくると思います。

熊本城とFCバルセロナの意外な共通点!?

—講演では親会社を持たない地方の市民クラブに未来はあるのか、という点でもお話をされたと聞きました。

熊本にはJリーグに所属するロアッソ熊本という、我々よりも歴史のあるプロスポーツクラブがありますが、公開されている直近の数字では、リーグからの分配金を除いた営業収入約7億円のうち、スポンサー収入は半分の3.5億円。現在のヴォルターズの営業収入も同じような比率です。

B1、つまりBリーグ1部のトップクラブは現状の売上が10〜15億円。それらのクラブと対等に勝負していくためには、今の売上構成比率で考えると5〜7億円のスポンサー収入が必要です。より歴史のあるロアッソ熊本でさえスポンサー収入は3.5億円程度ということを考えると、今のやり方の延長線上で10〜15億円の営業収入を作るのは正直無理だと認識しています。B1に昇格し、B1で優勝を目指せる経営体力をつけるためには、抜本的に考え方を変えなくてはいけません。

例えば、スペインサッカーの名門FCバルセロナには「ソシオ」というファン・サポーターの組織があります。もちろん、バルセロナのスポンサー収入は格段に大きいですが、同時に世界に約16万人と言われているソシオ会員から約40億円もの収入があります。売上は約800億円あるので全体の5%程度ではありますが、通常のファンクラブと違い、ソシオにはクラブ会長選挙の投票権が付与されている等、クラブへの関わり方が非常にユニークです。

私たちのホーム熊本の象徴である熊本城には、「一口城主」という取組みがあります。熊本城に一定額の寄付をすると、お城の中に自分の名前をプレートにして残すことができるというものです。熊本城はまさに市民の力で支えられており、だからこそ熊本城への思い入れも強くなる。

こういった仕組みに、地域のスポーツクラブや地方創生のヒントを感じています。特定の大企業に依存せず、熊本県民の皆様、そして熊本を離れて県外や海外にいらっしゃる方々にも手軽に応援してもらえるような仕組みを構築していきたいのです。そこで目をつけたのがブロックチェーン技術であり、トークンエコノミーです。

現在、我々は、地元企業様のご協力の下、「ヴォルターズ自販機」というものを展開しています。ヴォルターズ自販機でジュースを買ってもらうと、売上の一部がヴォルターズの活動資金として寄付される仕組みです。例えばこの仕組みから一歩発展させて、「自分がこれまで寄付してきた金額」が見えるようになったらどうでしょう?「自分のヴォルターズへの関わり」が見えるようになるだけで、さらにクラブとの心の距離が近づくような気がします。そして、その貢献度によって、「この選手を獲得したい!」など、チーム編成に関しても投票できるような仕組みがあったりしたら…。それこそ、一人一人の「目に見える」支援によって運営される市民クラブの実現につながります。

「熊本で頑張って、熊本で技術を残して、熊本で回していく社会をつくる」

—地方自治体の首長では福岡の高島市長や東京・渋谷区の長谷部区長などはめずらしくブロックチェーンに理解のある方々です。そういった意味でも日本のこの二つの街にはブロックチェーン分野でも凄く可能性を感じます。

全くそう思います。福岡の場合は、民間企業だけでなく行政も非常に積極的です。福岡市主導でブロックチェーン先進国であるエストニアに40名程度の団体で視察にも行かれたそうです。今回の熊本でのカンファレンスなどをきっかけに、自治体や企業様にも少しずつ興味を持ってもらえたらと考えています。

『熊本×グローバル×ブロックチェーン』という図式

—海外では『グローカル』という言葉があります。「グローバル」と「ローカル」を掛け合わせた言葉で、イギリスサッカー・プレミアリーグの戦略などでも出てきます。地方が世界と積極的に交流をもって新しい発展を遂げることです。

いい言葉ですね。熊本出身で県外、また海外に住んでいる方々が関わり合いを持ちやすい仕組みを作っていきたい。

日本はまだまだバスケットの後進国。最近は八村選手や渡邊選手といった選手も出てきていますが、世界最高峰のNBAにチャレンジできる選手はほとんどいない。でも今後、そんな日本の、しかも地方のクラブからそういった選手が現れたら面白いじゃないですか。きっとその地域は元気になる。そんな、チャレンジしたい選手に支援が集まりやすい環境にしたい。

海外でも愛される漫画・アニメ等のコンテンツの多くは、最初は弱い主人公が成長して強くなっていくストーリーが多いです。熊本ヴォルターズという、決してバスケットが強いとは言えない日本の、しかも地方のクラブが段々と成長していく過程を、それこそローカルにもグローバルにも発信していくことで、熊本に全く縁のない海外の方も巻き込んだファンコミュニティの作り方もきっとあるはずだと思っています。

—どうしても実現したいビジョンは何でしょうか。

地方から新しい動きを起こしていくためには何ができるか、ということに尽きます。

私は大学進学から東京に出て、その後10年ほどそのまま東京で働いていて、3·11の東日本大震災がきっかけで、地元である熊本に戻ってきました。戻ってきてから、東京にいた頃よりも、様々な面で追いていかれてしまっているのではないかと不安を感じることもありました。しかし、熊本にいるからこそ、できることもある。地方プロスポーツクラブの真の意味での成功事例がほとんどない中で、「熊本ヴォルターズ」がより多くの人に愛される、地方のプロスポーツクラブの新しいモデルとなることができるか。これからもチャレンジしていきたいと思っています。

(おわり)

聞き手:上野直彦

この記事の著者・インタビューイ

上野直彦

スポーツライター/漫画原作者/経営者
早稲田大学大学院スポーツ科学研究科 修士課程修了。早稲田大学スポーツビジネス研究所 招聘研究員。サッカー漫画『川澄奈穂美物語』で原作。『アオアシ』(小学館)で取材・原案協力、マンガ大賞2017では4位を獲得。
ブロックチェーン業界におけるALiS、PoliPoli、エンゲート、リアルワールドゲームスなど数社でアンバサダーやアドバイザーに就任。国内外で「スポーツ×トークンエコノミー」のプロダクトを進めている。

スポーツライター/漫画原作者/経営者
早稲田大学大学院スポーツ科学研究科 修士課程修了。早稲田大学スポーツビジネス研究所 招聘研究員。サッカー漫画『川澄奈穂美物語』で原作。『アオアシ』(小学館)で取材・原案協力、マンガ大賞2017では4位を獲得。
ブロックチェーン業界におけるALiS、PoliPoli、エンゲート、リアルワールドゲームスなど数社でアンバサダーやアドバイザーに就任。国内外で「スポーツ×トークンエコノミー」のプロダクトを進めている。